ハチドリのブラジル・サンパウロ(時々日本)日記

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2018年 05月 01日

4月もたくさんのアクセスをありがとうございました&お知らせ

いつも時間を取ってこのブログにお寄りいただき、ありがとうございます。2018年も早いもので、既に3分の1が終わってしまいました。この間私自身は、孫の子守りやお料理に明け暮れ、久々の風邪引きも加わって、自分の時間を十分に取ることもままならず、ブログ記事も今一つ盛り上がらないまま終わってしまいました。まことに申し訳ないと思うと同時に、長い人生だからそんな時もあるのかな?と割り切って考えております。アクセス解析を恥ずかしげもなく発表させて頂くのは、1か月間アクセス頂いたお一人お一人の見えない方々に感謝の気持ちを表したいからです。このブログは、私の離れている日本の家族や、友人たちへの「元気で何とか生きているよ~!」のメッセージも兼ねていますので、このままだらだら行こうと思っています。もしサンパウロの『地域情報』などを求めてここに辿り着かれる方には、カテゴリーの『サンパウロ生活情報』をご参考になさってください。

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4月で印象に残ったのは、サンパウロ市内に於ける事件の多発や相変わらず続く悪徳政治家の逮捕劇などでした。ブラジル国内の景気は一向に上向かず、庶民の生活はなかなか厳しい状況が変わらない限り、治安は悪くなることはあっても、良くなることはないのではないかと思い、憂えております。身近なバスやメトロや商業施設で当たり前のように起こる恐ろしい報道を見てはため息をつく今日この頃です。必要以上に怖がる必要はないのかもしれませんが、十分に用心して行動したいと思います。治安の良い日本が羨ましいです。夜間に歩いても、怖い!という感じが全くしないのは、私どもの日本の家があまりにも田舎だからでしょうか(笑)久々にじっくり息子と話をする中で「日本も色々問題があっても、治安は良いからいいよね」と私が言うと「それは確かに…ホントに気を付けてね」と優しく言ってくれました。

《ここでお知らせです》
2007年6月の開設以来、日課のようにしてほぼ毎日ブログ記事を更新してきましたが、現在は前のように自由に歩き回って写真を撮り記事にあげる…などと言うことが不可能になってきております。どうしても、目新しいもの、新鮮な出来事、美味しそうな飲食店情報、必要な地域情報を提供することが困難になってきているのと、行動半径が極度に狭まっていること、時間的余裕がないことなどの理由で、毎日更新を諦めることにしました。どれほど記事更新が空いてしまうのかは今の段階で分かりませんが、記事が更新されていなくても、あまり心配しないでください。このブログは4人目の子どものような存在でもありますが、その’子ども’である前に、孫の毬ちゃんが入ってしまいました。つまり優先順位が入れ替わってしまったのも事実です。今のところ、ブログ閉鎖や削除は考えておりませんが、将来的に別の方法での伝達方法も模索していきたいと思っております。そんな事情ですが、今後ともハチドリブログを宜しくお願いいたします。

【ー4月の記事検索は以下の通りですー】

1バス内強盗殺人事件に思うこと…3.59 %194
2コメントについて…3.29 %178
3TAXIとUBERの違いは?3.05 %165
4JALマイルの有効期限迫る2.87 %155
5ママと一緒に仕事準備開始2.83 %153
6まるでフルタイム通勤!?2.83 %153
7ルーラ元ブラジル大統領が遂に収監される2.75 %149
8週末のご褒美は!?2.72 %147
9米空港のX線検査について・・・2.70 %146
10相変わらずの地味弁三昧2.61 %141
11Pascoa(イースター)にはバカリャウ...2.48 %134
12我が家の地味弁2.44 %132
13女のくせに・・・女だからなのかな?(呟き...2.44 %132
14メトロ5号線はいつ全面開通するの?2.35 %127
15フルーツ大国、バンザイ!2.31 %125
16体調不良の日は・・・2.14 %116
17サンパウロメトロLinha 5-Lilá...2.11 %114
18毬ちゃん写真館2.05 %111
19会議もまた楽し。。。2.02 %109
20サンパウロメトロLinha 5-Lil...1.98 %107
21美味しいお肉、でも…1.94 %105
222017年12月大阪→サンパウロ搭乗記...1.92 %104
23サンパウロメトロLinha 5-Lilá...1.76 %95
24自身の闘病を振り返り感謝する春・・・1.66 %90
25日常のささやかな感動1.66 %90
26京都の桜便り1.55 %84
27風邪引き5日目1.53 %83
281週間ぶりに子守りに復帰1.53 %83
29激動の世界1.48 %80
30【地域情報】 ブラジル出入国カードの書き...1.37 %74


by beijaflorspbr | 2018-05-01 23:17 | ブログアクセス解析 | Trackback | Comments(4)
2018年 04月 14日

自身の闘病を振り返り感謝する春・・・

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桜が散り、花桃が満開になるこんな華やかな季節に、私は人生最悪とも言える「癌」と診断されました。今から14年前のことながら鮮明に記憶に残っています。それまで完璧な健康状態ではなかったものの、両親の介護をしていたため、疲れが貯まるとふら付くという自覚症状がしばしばあったのも事実です。「疲れているから早めに休むね」などと母に断って横になったこともありました。それ以外は何も自覚症状はありませんでした(ように記憶しています)。35歳の年から、毎年必ず受けていた人間ドックが、子どもの受験の関係で半年遅れた春、いつものようにいつもの病院で検査を受けると、診断結果票の中に、赤字で書かれた二つの数字が!それを受けて、診断医(内科医)から「再検査が必要です。検査結果を見てこれからの治療方針を決めましょう」と言われ、え?何のこと?誰のこと?まさか私?と多くの???が頭の中に並びました。つまり、検査の中の便潜血反応が2回とも+3と高い数値を指していたのでした。その後指示通りに、同病院で注腸検査及び大腸内視鏡検査を受けた結果「直腸癌です」との診断が外科部長から下され、「1週間以内に入院し、腫瘍を含めた腸を取り除く手術をします」と言われました。あれよあれよと流れるように入院し、手術を受けました。闘病中そして、術後5年間は検査に次ぐ検査でかなり大変でした。何しろ、ブラジルに住みながら日本で手術を受けたため、定期健診の度に帰国する必要があったからです。色々大変阿こともありましたが、結果今私はすこぶる元気です。その後、身近な人が「癌と言われたんだよね」とか「私の肉親が癌になった」と耳にするようになりましたが、「癌は確かに怖い病気だけど、発見が早く、適切な治療が受けられたら治る可能性はかなり高いと思うよ」と言っています。それは慰めでも何でもなく、自分自身が果敢に治療に取り組んできたからこそ言えることだと思っています。2004年4月13日は私がもう一度命を頂いた日です。当時のN先生、I先生、たくさんの看護師さんに感謝する日です。私の快癒を祈り続けてくれた両親を始め家族、親友、世界中の友人に手を合わせる日です。ありがとうございます!
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(闘病中に頂いた苺の美味しかったこと!忘れられません)
もしこの記事が目に入りましたら、どうか毎年健康診断を受けてください。私の歩んだ道がどれだけ厳しかろうと、早期発見で命を助けて頂いたことは、紛れもない事実です。そして現在私はとても元気で(ちょっと肥満気味ですが←笑)日々楽しく元気に暮らしております。自分の命は自分だけのものではありません、結婚したら配偶者や子どもたちにとっても大切な命になると思うのです。夫や子どもたちに、悲しい思いをさせなくて本当に良かった。これは、闘病中も闘病後も何度か思ったことでした。これからも自身の命を慈しみ、大切に生きることが、私の命を救ってくださった医師団や周りの親しい皆さまの願いだと信じています。長生きするよ~~~(^◇^)/


by beijaflorspbr | 2018-04-14 23:08 | 癌と闘う | Trackback
2018年 02月 06日

アナウンサーの急死に思うこと(独り言)

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元フジテレビのアナウンサー有賀さつきさんが1月末に亡くなられていたことが分かった、というニュースを受け、少なからずショックを隠し切れなかった。私が有賀さんと面識があると言うわけではないが、同じ闘病経験者としての意見を少しだけ述べたい。有賀さんの死を知った時の、フジテレビ及び元同僚が一様に驚きを隠せなかったのは、「本人から病気のことを何も知らされていなかった」という事実。実のお父さまにまで病気を隠していたそうで、本当に驚いてしまった。彼女自身は、厳しいマスコミの世界に身を置きながらも、私生活では結婚・出産・離婚後シングルマザーの子育てを経験し、そのうえ闘病・介護が降りかかってきたそうだ。ちょうど14年前の私の状態にちょっと似ているかもしれない。私は離婚こそしていないが、その当時両親とも体が弱くて、ブラジル⇔日本とを介護のため何度も何度も行き来していた時期があったからだ。ほとほと疲れ果てて「ちょっと入院でもして休みたいな~」などと思った途端に「直腸癌」宣告を受け20日間の入院・手術を経験することになってしまった。それが51歳の時だった。それからの長かった闘病生活や心の迷いについては、このブログ上の「癌と闘う」というカテゴリに何度も書き周りの人たちに健康診断の大切さを訴えてきた。何が言いたいのかというと、私の場合は、私を知る人全てに自身の病状を出来るだけ細かく話し「出来れば私のために祈って欲しい」と図々しくお願いしまくった。つまり一人で祈るのではなく、周りの皆を巻き込んで一緒に病気と闘ってもらう道を選択した。有賀さんの場合はどうだろう?誰も彼女の病気を察してはいたものの、具合が悪いことを聞いていなかったという人ばかりだった。私がもし有賀さんの友達だったら、有賀さんが無言で天国に旅立ってしまったことに対してきっと激怒することだろう。何故祈らせてくれなかったの?何故悩みを打ち明けてくれなかったの?水臭いよ…取り縋って泣くだろう。15歳の娘さんが遺されたそうだが、その将来も心配だ。人の何倍も幸せになって欲しいなどとふと思ってしまった。孤軍奮闘は良いが、皆を巻き込むことも大切だよ、と今は亡き有賀さんに教えてあげたかった・・・今は痛みや苦しみから解放されて楽になられたことだろう。有賀さんのご冥福をお祈りいたします。

by beijaflorspbr | 2018-02-06 18:00 | 人生 | Trackback
2018年 01月 10日

はれのひが大荒れの日に・・・

1月8日(月)は成人の日、20歳になるお子さんを迎えた家庭では、「ああやっとここまで育ってくれたか」とか「いよいよ大人の仲間入りをするのね」とひと段落しては、ほんの少し誇らしい気持ちになる日だ。もし自身が同じ立場で娘の晴れ姿の振袖が必要とあらば、親は自分の欲しいものを我慢してでも喜んで買ってあげることだろう。それが偽らざる親心だ。そんな親心を踏み躙る行為を平気で犯した「はれのひ」という悪徳業者は絶対に許せん!!!なにも成人式当日にドロンしなくてもいいのではないだろうか。もし自分が当事者だったら徹底的に追及することだろう。大切な子どもの大切な日の大切な晴れ着と晴れ舞台を台無しにされたのだから…。報道を目にして腹が立って仕方がなかった。子を想う親心は皆同じのはず。
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実は私自身、成人式の時振袖を着ることが出来なかった一人だ。親はそのことをとても気にしていたけれど、当時の私も忙しい大学生活を送っていて、学業やアルバイトに精を出していたので、晴れ着を着ることが出来なかったことに少しの躊躇いもなかった・・・はずだった。しかし、同じく幼い時からのお友達のHちゃんは、私と同じ成人式に素晴らしい振袖を着てきたのだった!Hちゃんは名前を聞けば誰もが知っているような財閥のご令嬢で、当時東京のお嬢さま大学に在学中だった。集合写真の中央に高価そうな晴れ着姿の誇らしいHちゃん、そしてブレザーにチェックのミニスカート姿(ほぼ普段着?)の私は隅っこに申し訳なさそうに納まっていた。その写真を何十回、いや何百回と見てはため息をついた日を昨日のように思い出す。あの時は親には悪いけれど、ちょっと惨めだった自分を思い出す。その頃、兄貴と私二人を東京の大学に入れ、実家には本当にお金がなかったのだと思う。多額の教育ローンもあったと記憶している。このローンは私が結婚した後も長い間払っていた。両親にはあらゆる面で無理をさせてしまい申し訳なかった。そんな親心も理解できず「惨めだ……」とほんの一瞬でも思ってしまった当時の自分を叱ってやりたい。その後、成人式に買ってやれなかった反動が出たのだろうか、経済的に少し余裕が出来た頃、「もういいよ・・・」といいたくなるくらい高価な着物をたくさん買ってくれた。あの時の両親の気持ちが初めて理解できた。親心とはそんなものだ。自身も、子どもたちの教育費や日常生活に必要な費用には気を配ってきた。無理を重ねた時もあった。だから私の子どもたちはなかなか自立できないのだよ、と突っ込まれてもいいや。子どもたちが惨めに暮らすことほど親にとって悲しいことはないもの、大切な子どもたちだもの…。だからこそ、今回の「はれのひ」の事件には余計腹が立つ。被害者の会が立ちあがったそうだし、成人式当日救済措置を取った業者も多数あったそうだが、何だか割り切れない思いでいっぱいだ。マスコミはもっともっとこの事案を大々的に取り上げて問題提起して欲しい。くだらん芸能人のゴシップはもうたくさん!これは立派な刑事事件だと思う。被害を受けた方は、警察に被害金額と共に被害届を出し、逃げ回っている社長と役員を司法の力で掴まえてもらおう。それにしても、晴れ着を着ることが出来なかった多くの女の子たちに、出来ることなら晴れ着を着せてあげたいなあ~自分がお金持ちなら資金を投じて無償で救済してあげたい、と心から思った今回の事件だった。成人を迎えた皆さま、おめでとうございます!


by beijaflorspbr | 2018-01-10 19:30 | 思うこと | Trackback
2017年 10月 05日

『「飛行機に乗る」とバレる!残念な人の6欠点』という記事について

最近出た「飛行機に乗る」とバレる!残念な人の6欠点」 というムーギーキムさんという人の記事。早速周りの飛行機愛好家から賛否両論色々な意見が出ています。こういった話題には人一倍興味のある私なので、早速記事内容を詳しくチェックしてみました。

『二流』は空港や機内のルールを守れない。

①手荷物検査で「PETボトルを没収」されて狼狽
経験あります!(笑)ついこの間、サンパウローニューヨークJFKのトランジットでやらかしました。ペットボトルの持ち込みは出来ないと知ってはいたものの、ご存知の通り、ニューヨーク到着後、入国手続き⇒荷物のピックアップ⇒通関⇒再荷物預け入れ⇒ターミナル間をエアトレインで移動⇒再出国とかなり複雑な工程で、しかも時間がかかるため、異常に喉が渇きます。それに備えて、機内でもらった水を大切に持ってちょこちょこ水分補給をしながら全行程を終えて、最終段階の荷物検査を受けたら…「ビーーー」っと(-_-;)何とまあ、ペットボトルをご丁寧にバッグの中に入れていたのでした。やっちまったなあ~~と反省しきり。でも荷物検査の人の好さそうなおばちゃんは、「ふんー」と苦笑いして、バサっとゴミ箱に勢いよくシューティング。まあ時間にしてほんの5秒くらいのことでしたが。

②離陸態勢でも常に携帯電話
これは私に関してはまずあり得ません。国際線に乗るとネット環境が一切なくなってしまうため、繋ごうという気持ちすらなくなり、早々に諦めがつきます。普段から携帯電話に依存していないので、携帯はなくてもどうってことはありません。

③いつまでも「通路で立ち往生」している
後から機内に入ってくるお客さんに迷惑をかけないように、ステータスを使って優先搭乗するようにしています。荷物が多いことに関しては、何も反論できませんが、リュックや大型バッグなどで担ぐより、断然キャリーの方が便利。キャリーがあるからと、ついつい途中の免税店などでお土産やプレゼントを買ってしまうのも、荷物が増える原因になってしまいますね。でもこれは当分止められません、ダサくて結構。

④「大声で泣く子ども」に敏感に反応している
うーん、これはどうかな?ケースバイケースで、例えば泣いている子どもがすぐお隣だったりした場合は、率先してあやしたり抱っこをしてお母さんを手伝いますが、ちょっと離れている場合は、BOSEのノイズキャンセラヘッドフォンで音を遮断するようにしています。特に機内はエンジン音などの騒音が酷いですから。赤ちゃんの泣き声はヘッドセットを付けた時から「静」の世界へ…。

⑤機内食を「食べ放題のごとく食べつくす」
著者は、一流の搭乗客は機内食も健康志向でヨーグルト少々とフルーツ、野菜中心なのに比べて、二流の人は通常の機内食に加え、ビールやワインをお替りして大宴会を開く人、とあります。機内食のことで一流二流と言われたら、私は機内食を毎回ほぼ完食するようにしているので、二流以下の人間なのでしょうねえ。例えばブラジルー米国は10時間弱、米国ー日本は約13時間のフライトで、気取ってヨーグルトや野菜果物だけ、なんて言っていたらお腹がペコペコになって、眠ることも難しくなってしまいます。これは一流二流というお話の前に、厳しい現実があるということを見落としているような気がします。一言で海外旅行と言っても、近場もあれば遠い国もあります。いつもロングフライトをこなしている我が身を考えたら、「お腹は空きすぎず満腹にならずの腹八分目」が私にとってのベストコンディションを保つコツなのかもしれません。これでお前は二流とか三流人間と言われてもへいっちゃらですよん(笑)

⑥「ビジネスクラス」「ファーストクラス」を猛アピールする
この項目に関しては、最初から高いビジネスやファーストを取ることはまずないので、あまり関係ないのかも。でもそもそもエコノミーに乗っているだけで二流だと言われるなら二流で結構。もし高い運賃を払って上級クラスに乗るのなら、そのお金で地上で家族と美味しいものをたらふく食べる方を迷わず選びます。そうは言っても、たまーーに無償アップグレードしてもらえると、やはりそれはそれで飛び上がるくらい嬉しいけど(笑)こんなこと言う自分はやっぱり二流以下の人間ですかね。
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『一流の飛行機搭乗者』3つのポイント

①すごい勢いで「仕事をこなす」
②「移動時間=睡眠時間」とする
③機内で「教養を高める」

ふーーーん。確かに機内でずっと起きていて頭上ライトを点けて読書をしていたり、パソコンで何やらカタカタ作業している人をたまに見かけますが、移動中の暗い機内で猛烈に仕事したり、本を長時間読んだりすると目を傷めますよーーーと言ってやりたい私は、真底意地悪おばさんなのかも。100人いれば100通りの機内の過ごし方、時間の使い方、機内食の食べ方、映画の楽しみ方、休養を取るタイミングがあるわけで、それに対して一流だ二流だと格差をつけるのもどうかと思います。筆者は最後に「二流の搭乗者はこの私だ」とカミングアウトしています。かなり長年の間飛行機の移動を続けてきた私は、筆者の基準からすれば二流搭乗者かもしれませんが、自分ではかなり達人の域に達していると自負しています。とにかくどんなロングフライトでも、あまり苦痛に感じることなく、ただひたすらに楽しくて嬉しくて仕方がないのですもの。これからもマイペースを貫き、自分流の飛行機の楽しみ方を貫いていこうと思っています。ただ一流だ、二流だと仕分けをしたがる筆者に何となく反発したくて、ついつい長々と書いてしまいました。次のフライトが待ち遠しいです✈️


by beijaflorspbr | 2017-10-05 12:48 | 飛行機 | Trackback | Comments(4)
2017年 09月 23日

母の命日に・・・

母が亡くなって今日で11年。
ほんの昨日のことのように何もかも鮮明に覚えています。
日本の親戚から、一人暮らしの母が、脳梗塞を起こし
緊急入院をしたという連絡を受け、急遽航空チケットを取って帰国した私は、
翌日から母の看病に専念しました。
脳梗塞さえ克服できれば何とかなるか…の家族のささやかな願いも虚しく、
その後の精密検査で胃がんの末期だと宣告を受けました。
宣告されたのが7月末の暑い日でした。
「残念ですが、お母さまはお正月は迎えられないでしょう」
あの時の絶望感は今でも私をしばしば苦しめます。
「もっと早く気付いてあげたら・・・」
「何故母を守ることができなかったのだろう」
ああすれば、こうもすれば…自分を責めて責めて責めて…
終わりのない苦しみを経験し、今自分に出来ることを精一杯させて頂こう、
母との思い出が走馬灯のようにクルクルとエンドレスで頭に浮かび、
涙を流さない日は一日たりとてありませんでした。
そんな苦しい看病の日々も2006年9月23日午前1時13分で終わりを告げました。
終わったというより、終わってしまった、という表現の方が正しいかもしれません。
海外に住んでいた兄夫婦の帰国を待って、通夜・告別式を執り行い、
私たち兄妹がびっくりするくらい、たくさんの方のご会葬を頂きました。
今更ながら、母の偉大さを思い知りました。
会葬者の誰もが、威張っていた亭主関白の父を、陰で静かに支えていた母のことを皆正しく理解していたようです。
明日兄が在住国に帰るという静かな夜に、遺された兄妹二人で
「悔しいね、残念だね…」
といつまでも泣いていました。
母は12歳の時実母を亡くしていたせいか、子どもたちを甘やかす人でした。
甘やかされて育った我々は、少々頼りないものの、人に対する思いやりを持ち、
優しさや無償の愛を捧げることを母から学びました。
懐の大きな人で、没後弔電やお手紙にもそのようなメッセージがたくさん込められていました。
「お母さんに美味しいものをたらふく食べさせてもらったのが良い想い出になっています」
「貧乏学生で、食費にも事欠いている時に、たっぷりとお小遣いを頂いたのが嬉しかった」
等というメッセージは、最大の褒め言葉だったと思います。
我が家は誰でも自由に出入りできるようなオープンな家でした。
豪放磊落な父のせいで、母は随分苦労をしただろうな、と思います。
それでもしっかり父の意思に従い、最後まで父の妻として誇りを持って生きてくれたと思います。
そんな一人の女性としても、母としても素晴らしい母に追いつけ追い越せで
私もこれからの余生を送っていきたいと思います。
残念ながら76歳で人生を終えた母、母の年まで後12年。
私の余生がもし後12年しかないとしたら私は何がしたいんだろう?
命日の度にそんなことに思いを馳せます。
子どもたちのためにも私はもう少し長い生きしないといけないのかな?とも思っています。
人に必要とされる自分になること、自分らしく生きていくことこそが母への恩返しになるのかもしれません。
母に感謝!そんな一日にしたいものです。お母さん、改めてありがとう!!
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(季節外れですが、母の大好きだった紫色のクアレズメイラのお花)
もしお母さまがご存命の方は、今のうちに感謝の言葉を贈って差し上げてください。


by beijaflorspbr | 2017-09-23 18:00 | 両親を想う | Trackback
2017年 03月 08日

飲食店での喫煙について…(サンパウロの場合)

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日本では現在「健康増進法改正案」についての議論があちこちでなされています。飲食店で働く従業員やアルバイトの方々が「受動喫煙」に悩まされているとのことで、2020年までに受動喫煙による健康被害のない国に…と議論されている件ですが、私自身は嫌煙家ですので、健康増進法案には大賛成です。しかしながら、愛煙家にしてみると、とんでもない法案だと言うことになるのかもしれません。特に小規模の飲食店や居酒屋、バー、喫茶店などは「ゆっくり煙草を吸える場所」というので、人気を集めているお店もあると聞きます。今となっては信じられない話ですが、昔飛行機も煙草が吸えた時期がありました。私の父は煙草が手放せない人だったため、座席こそ禁煙席を選ぶものの、喫煙スペースに移動して、何度も煙草を吸いに行っていました。病院に入院していた時すら、ベランダに出ては煙草を吸って看護師さんにいつも叱られていたものでした。昔は病院でも、喫煙室が設けられており、一日に何回も歩いて通っていた父の姿をみてはため息をついたのも今では懐かしい想い出です。

さて、ここサンパウロ州では、2009年5月7日から、飲食店や公共の場では全てが禁煙ゾーンの法律が制定されました。それに伴い、どんどん愛煙家の方々の肩身が狭くなり、法律が制定された当時こそ煙草を手に右往左往する方々が店の前では見られましたが、今ではその制度もすっかり定着したように思います。日本の法律がどのように決まるかは興味ある点ですが、基本は両者が良いように向かえば良いのではないか、と思います。私自身は、煙草の匂いを嗅いだだけでくしゃみが止まらないという珍現象が出るので、きっと元々受け入れられない体質なのかもしれません。そういえば、今から8年前の某飲食店での辛かった経験は今でもはっきり覚えています。食べている時だけは、煙草を控えてくださると有難いのですが…。


by beijaflorspbr | 2017-03-08 22:22 | サンパウロ生活情報 | Trackback
2017年 01月 31日

バスの中で感じたこと

日本人は概ね、公共交通機関で大声でプライベートなことを携帯を使って話す人は少ないと思うのですが、サンパウロでは、他人への迷惑は全く考えず、30分でも1時間でも声高に話している人が日常茶飯事。随分慣れたとはいえ、何故ここで話す必要があるの?そんなプライベートなことを大声で話す?電話中に夫婦喧嘩?妻が夫を一方的に責め立てる?週末の予定をバスの中で簡単に決めちゃって良いの?と???だらけ(笑)聞き耳を立てている訳でもないけれど、自然に耳に入るので、意に反して聞いてしまいます。そんな中で、昨日のバス車中では、若いお母さんが案の定長々と話している最中に、1歳にもならない幼い子どもがむずがりだし、最後は大声で泣き始めました。それでもお母さんは平気で話を続けています。どんな神経しているんだろ?と意地悪な中高年のおばさん(私のこと)は冷たい視線を浴びせかけてしまいました。そこは一旦電話を切って子どもの世話をするべきでしょ。子どもがあまりにも大声で泣き続けたので、諦めて「泣き止んだらもう一度電話するわ」と。。。その後持参していたヨーグルトを与え、少し落ち着きました。食べ物を与えている間、一生懸命子どもに話しかけています。「もうすぐお家に帰るわよ、帰ったらお風呂に入って気持ち良くしてあげるね、そしたらね夕飯よ。夕飯は何にしようかな?ごはん・フェイジョン(豆)・野菜の煮込みが良いわね。美味しい美味しいごはん作ってあげるからね…」優しく話しかけているうちにあれだけ泣きじゃくっていた赤んぼが寝始めました。ああそうか、お母さんの優しい声は子守歌なんだな、とそのお母さんを少しだけ見直しました。私もこんな風に優しく話しかけられる母親だったんだろうか?ちょっと反省しました。そのお母さん、子どもが寝入った後に約束通りもう一回電話…。元々話すことが好きな人なんだ、と割り切っているうちに、私の目的地に着いてしまいました。どっちにせよ、私だったら子どもの世話最優先にするけどな、その前にバスに乗らないか…。自分の子育て時代に、携帯電話が普及していなかったことに感謝。日本の電車内でも、スマホに夢中で子どもの世話を二の次にする人をたまに見かけます。時代の流れでそんなことも許容して行かないといけないのかしら?文明の利器に人間が操られないようにしなくては…、昨日観たBDで「考えることは脳を活性化させることだ」というのがありました。考える時間をこれからも大切にして行こうと思いました。
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by beijaflorspbr | 2017-01-31 21:34 | その他 | Trackback
2017年 01月 20日

邦人の両替強盗殺人事件について思う

複数の報道の通り(時事NHK 朝日日経) 、4日前の1月16日午後2時頃、サンパウロ市南部で自動車を運転中に、バイクに乗った二人組の男に、フロントガラス越しに胸を撃たれた日本人男性が亡くなるという悲惨な事件が起こってしまいました。報道によると、旅行代理店で両替後、自動車を運転中に車の窓を開けるよう要求されたが、開けなかったことから正面から撃たれた弾が胸に的中したようです。亡くなられた男性は、40代の駐在員でしたが、所属していた会社側も「(サンパウロが)そんなに危ないところだとは聞いていない」とコメントを出されたように、危ないけれど危なくない・・・といった微妙なサンパウロの現状です。但し、最近「ある特殊犯罪」についてのみ、深刻な事件が多発しているのも事実です。この「特殊犯罪」というのは、ある特定の旅行代理店で外貨を両替した人が何人も立て続けに「二人組のバイクに乗った男」に襲われ、現金や身の回りの物を一切合切奪われるという事件です。該当の旅行代理店の名前は書きませんが、地元では誰でも知っており、身分証明書さえ提示すれば、誰でも簡単に両替出来ることから、長年重宝されてきました。16日(月)に遂に最悪の殺人事件が起こってしまったことから、日本のマスコミでも大々的に取り上げられましたが、私たち当地在住者は、これに関する事件は、在サンパウロ総領事館から度々メールやHPなどを通じて再三再四警告を受けており、皆周知していることでした。実は、私の知人が2-3年前に、同じような犯罪に巻き込まれ、その話を直接知人から聞いてから、その旅行代理店での両替所には一切近付かないようにしていました。以前は、メトロに直結して簡単に行けるため、気軽にちょっと現地通貨のREALが貯まった時などに、US$や日本円にちょこちょこ両替えに通っていましたが、警戒レベルに達してからは、一切その代理店には近付いていません。以前は、帰国の航空チケットなども一括してその代理店にお願いしていましたが、相次ぐ両替強盗事件が起こってからは、その店に近付くのも恐ろしくて止めて代理店も変えてしまいました。こんなお話をすると、これからサンパウロに来られる方は「恐ろしいところだ!」と怖がられるかもしれませんが、ある程度の防犯のルールがあるのも事実です。

話は変わりますが、サンパウロはクレジット(デビット)カードがほぼどこでも使えます。それ故、日本のように纏まった現金を持って歩く必要がほとんどありません。私自身も、夫からもらった現金が昨年からほぼ使う機会がないまま、今日に至っています。大した金額ではありませんが、防犯のために少しだけ現金を所持するようにしています。ブラジル人は貧富の区別なく、ほとんどの人がクレジットカードを所持していて、例えば街角のバールでコーヒー一杯を飲んだとしても、クレジットカードやデビットカードを使う人が多いほどのカード社会です。いつか、現金でコーヒーを飲もうとした時、「お釣りがないからカードにしてくれない?」と言われてビックリしたことがあります。僅か80円のコーヒーすらカードを使えと!?ちょっとしたカルチャーショックに陥りました。その話をすると、夫が「ブラジルはそんな国なんだよ」と。日本とは違うことを強調されました。1円のお釣りもきっちりくれる日本社会と、お釣りがないからと飴でごまかすブラジル社会。それと、長引く深刻な失業者の増加は、治安の更なる悪化に繋がっているに違いありません。医療・教育・職業・治安面の不安は、悪循環しか生み出しません。私たち在住者は、そんな過酷な中で生活をしている訳ですが、もちろん出来うる限りの注意を払いながら緊張感を持って生きています。私の意見など参考にならないかもしれませんが、思うままに挙げてみます。

◎まとまった現金や貴重品は持ち歩かない。
◎しかし防犯のためにある程度の現金は必要である。
◎お友達は大体R$200,00 =約7,200円を常に持っているそうですが。私は長年R$100,00以上は持ちません。
◎街の両替屋(旅行代理店を含む)は使わない、出入りしない。
◎両替の必要がある時は、グァルーリョス国際空港やホテル、Cambioを併設している銀行で!(割高でも我慢してください)
◎買い物や飲食はクレジットカードを活用する。VISAかMASTERはほとんどの場所で使用可。
◎クレジットカードを使って必要な金額のみキャッシングする。
◎夜間の外出には特に注意を払い、短距離でもタクシーやUber、99などのタクシーアプリを使って呼ぶ。
◎もし強盗に遭ったら自分の命を守るため、抵抗せず、犯人の要求に従う。
◎高価な貴重品は身に付けない。
◎スマートフォンは、中古でも高額で取引されているので、人前で取り出して使わないこと。
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ブラジルに住むようになって、安全はお金で買うものだと言うことを実感しています。我が家も300軒ほどの巨大コンドミニアムに住んでいますが、毎月の管理費は驚くほど高く、家計を圧迫しています。それまでして防犯しなくてはいけない生活も40年、年を取るとこんな生活も何だか疲れてきました。。。サンパウロにお住いの方、これから来られる方が、どうか怖い思いをしないようにと祈るばかりです。信じられないことに、この邦人殺人事件はブラジルのマスコミでは一切報道されていません。それだけ、殺人事件は日常茶飯事に起こっているということに尽きると思います。自分の身は自分で守る、これを肝に銘じて安全安心な生活をなさってください。私自身もですが…。


by beijaflorspbr | 2017-01-20 21:57 | サンパウロ生活情報 | Trackback
2016年 09月 23日

母を天国に送って10年(母の命日)

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ちょうど10年前の2006年9月23日午前1時15分、私の最愛の母は厳しい闘病を経て眠ったまま旅立ちました。天国という私たちがどんな手段を使っても決して行くことのできない遠い場所へ…。いつか誰もが必ず行く場所だということは分かっているものの、なかなか現実を受け止めることが出来ず苦しい時間が流れました。あまりの悲しみの深さに愕然とし、どうしても母を送る勇気がなくて、未練がましく「お母さん~帰ってきて~寂しいよ~」と誰もいない霊安室で泣きじゃくった日からもう10年。後でゆっくり考えると、実に多くの方々が私たちのために気持ちを寄せ、動いてくださったと言うことに気付かされました。ふとした時にまだ思い出してメソメソする日もあるし、夢に出てきたらホワっと温かい空気が流れる日もありました。色々な感情が交錯しながらももう10年が経ちました。めっきり体力も衰え、白髪も激増中のおばあちゃんになった娘のことを、再会した母は何と言うでしょうか。「あんた、もうちょっと身嗜みには気を配ったらどうなの?」と顔を顰めて言われるのは確実。母は、誰も来ない日でもちゃんと身嗜みを整えてお化粧までしていたんですから。スッピンの普段着で近所のスーパーへと走る誰かさんは、母からしたらきっと宇宙人に見えちゃうかも。ああ、改めてもう一度母に会いたい!ちゃんと言えなかった感謝の気持ちと、ほんの少しの親孝行が出来たらなあ~、おかあさん、改めてありがとう!車椅子を押すから一緒にお買い物に行こうよ!!

加筆…こちらはまだ9月23日(金)です。毎週金曜日は、買い物日なのでリベルダージに行って来ました。肩にずっしりと食い込むくらいの買い物を済ませ、いつものように徒歩で入ることが出来るコンドミニアムの入口へ。いつもならここに夫が車で迎えに来てくれるのですが、今日は同時刻に歯医者に行ったため、徒歩で帰宅しました。ポルタリアから自宅は1キロの距離。急に暑くなり直射日光も容赦なく照り付ける中、3袋の重たい買い物袋を抱えて帰宅した時は、あまりの疲れのため、しばらく座り込んでしまいました。買って来た鰹の刺身と豆ごはんと貝汁で一息。さすがに疲れたのか、お腹が落ち着いた途端にベッドへ入って久しぶりのお昼寝をしました。すると、何と夢に母が出て来てくれました。私がいつまでも母のベッドで寝て起きないので、叱られている夢でした(笑)困ったような顔の母は、私がグースカ寝ている傍でひたすらウロウロしていました。起きてみたら「あーやっぱり夢だったか・・・」ちょっと脱力してしまいました。でも久しぶりに会えた気持がして無性に嬉しい午後のひとときでした。
(中島みゆき『時代』)


by beijaflorspbr | 2016-09-23 09:29 | 両親を想う | Trackback