ハチドリのブラジル・サンパウロ(時々日本)日記

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2018年 05月 13日

母の日に・・・・

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赤ちゃんの甘い匂いを感じながら迎えた母の日は、また格別なものでした。早朝から意味もなく!?包丁を握りしめ、材料と格闘しながら白身魚のフライや大根の煮物、メインは油淋鶏、そしてケーキを次々に作りました。また頼まれもしないのに、おやつ用にお好み焼きの具材を切っておきました。家族で囲む食卓・・・と言いたいところですが、赤ちゃん家族の実家到着が渋滞により大幅に遅れてしまったため、私たちは先に食事を済ませてしまいました。赤ちゃんの両親が食べている時は、私たちじじばばが子守りという役割分担。じぃじったら、しばらく我慢しながら毬ちゃんを抱っこしていたものの、10分くらいで「重い。。。腰痛い。。。」と何とまあ弱音を吐くのが早いこと!"(-""-)"結局いつも手慣れた私がずっと毬ちゃんを抱っこしていました。それがまた良く寝るんですが、置くと泣く、抱っこすると寝る…の繰り返しで都合4時間以上抱っこしてしまいました。よっぽどばぁばの肉付きの良さが気に入っているのかもしれません。母の日は母に感謝する日、私の母は12年前に76歳で亡くなってしまいましたが、今も母の優しい想い出は私の胸の中にそっとしまわれています。私も母親として、出来ることなら子どもたちをなるべく長く見守って行きたいとしみじみ思った母の日でした。世界中のおかあさんに、ありがとう!新米ママのエルもいつもお疲れさま~♪エルの母の日のプレゼントは「ビール」に「ミネラルウォーターのミニボトル」でした。いつもエルの家に子守りに行く時、ミネラルウォーターの入れ物を洗って使いまわししていたので。ありがとう、というか微妙(*_*)

# by beijaflorspbr | 2018-05-13 22:48 | 家族 | Trackback
2018年 05月 11日

バトントワーリングへのお誘い

バトントワーリングは、20世紀初頭に米国で広まりました。元々は、軍楽隊の指揮者(ドラムメジャー)が、指揮杖を振り回したのが原型とされ、日本へは1959年に日本に伝えられました。その開拓者として、私の恩師でもある高山アイコ先生によって、学校やサークル活動などに広められました。1977年には、バトン人口の急激な増加により、世界バトントワリング連合が設立され、今や世界規模でバトントワーリングは広がっています。皆さんの周りにも「バトンを習っている」とか「やったことがある」という方は多いかもしれません。私自身は、指導者として1970年代に大阪を拠点に全国で活躍していました。1975年には、米国バトン協会主催のコンテスト見学後、米国本土でのバトントワリング・ソングリーダー・チェアリーダーキャンプにも参加しました。当時日本では、チェアリーダーはほとんど知られていませんでした。どちらかと言うと、私自身はプレーヤーより指導の方が向いていたようです。バトンは全身運動で、美容にも良いと言われています。今はブクブクに太ってしまいましたので、きっとバトンを回したら体のあちこちにぶつかって傷めてしまうかもしれませんが…(笑)もし、皆さまの周りに「バトンを習いたい」とか「娘(息子)に習わせたい」という方がいらっしゃいましたら、是非最寄りのスクールか学校へお問合せください。私のバトントワリング時代の仲間や、教え子が未だバトンの組織の中枢にいて大活躍しています。その中の友人や教え子の何人かから、この動画を拡散するよう申し付かりましたので、今日はしばしバトントワーリングの世界へ、皆さまを誘いたいと思います。バトントワリングは、映像で見るのと、実際に見るのとでは迫力が違います。もし機会がありましたら、是非生でご覧になってください。改めて、私を10代の頃から指導してくださった、高山アイコ先生に心からのお礼を申し上げます。そして機会があれば、ラスヴェガスで高橋典子さんのシルクドソレイユを観てみたいものです。


# by beijaflorspbr | 2018-05-11 22:35 | お知らせ | Trackback
2018年 05月 10日

ソフトまたはドシン、どちらが好み?

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また飽きもせず、飛行機に関するこんな記事が目に留まりました。着陸時の「ソフト」と「ドシン」どちらが正解?という記事に思い当たる節があり、必死で読み進んでしまいました。滑走路や天候とも深い関係があることや、燃料・整備などにも強い影響を及ぼすことを知りました。昔々VARIGがブラジルと日本の空を定期便を元気に飛ばしていた頃、ある日のフライトで、それこそ驚くほど「ドッシーーン」とハードランディングした時がありました。「こりゃパンクしたな!」と(自分勝手に)確信を持ったものの、2時間くらいのトランジットを経て、何事もなかったようにスムースに飛び立ったことがありました。あの時の驚いた記憶はかなり鮮明でしたが、ドシンと着陸しても故障ではない、というのを今回の記事で知りました。もしや操縦する機長によっても、癖はあるのかもしれませんが、近年JALやAMERICANに搭乗した限りでは、着陸はかなりソフトでした。好き・嫌いの問題ではなく、安全性が第一に求められる飛行機の離着陸、緊張はしますが一番楽しくスリリングな時間でもあります。今度飛行機に乗る時の楽しみがまたひとつ増えました。こうして、課題を一つずつ増やしていくのも、空の旅の醍醐味ですね。
蛇足ではありますが、先ほど日本の娘と話をする中で、「ママはいつも文章を書いているのは何故?」と。「それはね、ボケ防止とコメント力をそれなりに付けたいからなのよ。最近良く街頭インタビューで、「街のご意見番」と言ってお年寄りにインタビューしているでしょ?東京なら銀座、大阪なら千日前や天神橋商店街で良くやっているよね?いくら年を取っても、自分の意見をきちんと持っていたいのよね。はっきりしないとか、どうでもいいわ・・・なんていう答えは絶対にしたくない」と。「ほぅ~ママはいつも強気なのねえ」そうかもしれません、65歳になっても、出来るだけ社会問題に関心を持ちたいし、伝えられることがあったら子どもたちにも伝えて行きたい気持ちです。悲しくてやりきれない時は、一緒に泣きたいし、嬉しいこと喜ばしいことは共に喜びたい。感情豊かに生きながら人生を全う出来たらいいなあ・・・・などといつも欲張っています(笑)書くことは考えること、これからも駄文ばかりではありますが、少しずつ表現できたらと願っています。さて、子守り隊出動いたします。可愛い毬ちゃんのために頑張ります!!そういえば、赤ちゃんは敏感ですね。横目で携帯をいじっていると、泣き止まないのに、携帯を置いて子守りに専念すると、途端に笑顔になります。いやはや。。。見透かされているなあ~と。毬たん、オヌシやるなあ~~(^^)/


# by beijaflorspbr | 2018-05-10 20:29 | 飛行機 | Trackback
2018年 05月 09日

秋の空とふろふき大根

昨日は子守りディー、つまり娘が仕事をする日でした。そんな日は、目覚ましを6時半にセットします。下のキッチンに降りる前にふと外をみると、こんな美しい空が広がっていました。何となくこんな日は良いことがあるような気がするから不思議です。実際には平凡な一日で終わってしまいましたが…(笑)ブラジルの今の気節は秋、朝晩は肌寒い日々です。お弁当を作って家を出発したのが9時半、帰宅も午後9時と、ほぼ半日をお孫ちゃんと過ごしました。毬ちゃんは生後3か月、表情が益々はっきりしてきて、機嫌の良し悪しで周りの大人を振り回しています。かすかに人見知りをするようになり、ばぁばが抱っこすると泣くのに、ママに抱かれたら泣き止む・・・という悔しいこともままあります。それでも、実際にはママは時間になったら仕事にはいかなくてはいけないので、もうちょっと毬ちゃんの葛藤は続くのでしょうねえ。
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いつもお世話になっている和食材豊富なメイドインジャパン・コンビニエンスストアで、立派な大根が売られているのを見て、(重たいのに)後先構わず1本購入。良い食材をみると、やはり料理の腕を振るいたくなり、ふろふき大根を時間をかけてじっくり丁寧に作ってみました。お米のとぎ汁で下茹でした大根を出汁でじっくり煮て、甘味噌をトロッと掛けたら、その温かさと美味しさに疲れが吹っ飛びます。トリオさんもさすがに「美味しいねえ…」としみじみ呟き、褒めてくれました。甘味噌は分量適当でしたが、練りごまを入れるのと、びっくりするくらいお砂糖を入れ、ひたすらコトコト煮詰めて仕上げました。
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こうした食材に恵まれているのも、海外とはいえサンパウロの大きな利点なのかもしれません。寒い日には鍋焼きうどん、暑い日には素麺など、少し割高ではありますが、何でも手に入るので、日本にいる時と同じような食生活を何不自由なく送っています。定期的に娘のためのお弁当を作るようになって、以前より調理が苦にならなくなりました。思いがけず自分の長所を発見する今日この頃、明日のお弁当は何にしようかなあ?などと考えるのも楽しみになっています。昨日は食材として、レンコン・ほうれん草・茄子・青梗菜・椎茸・青じそ・卵・牛の薄切りなどを買ってきました。これだけあれば『地味弁』には十分ですよね。頑張ります!!!
5月に入り、毎日記事を更新しなくなりましたが、以前と変わらずたくさんの方が訪問して下さっています。本当にありがとうございます。海外在住で、何となく孤立感を感じる時もあるのですが、こうした見えない応援に支えられている部分が大いにあることに感謝しております。続けることは難しいことではありますし、平凡な暮らしの中で何が主張できるのかは分かりませんが、普通のおばちゃんの普通の暮らしをこてからもボチボチとお伝えできたらと存じます。いつもいつもありがとうございます!


# by beijaflorspbr | 2018-05-09 21:50 | おうちごはん | Trackback
2018年 05月 07日

日本製(明治)の固形粉ミルクをお譲りします!

※お知らせ…このミルクを必要とされている方が見つかりました。ご心配を頂いた皆さま、本当にありがとうございました。

今日はこの個人ブログを通してお知らせとお願いがあります。サンパウロでは、不要になったものを処分するためのSNS上のガレージセールグループがありますが、このグループの決まりごとがあり「子ども・赤ちゃん用品」については、一切出品できないことになっています。私の周りには、子育て中のママが一人もいらっしゃいませんので、困り果てた末、場違いかもしれませんがここに書き込み、お願いをさせて頂きます。
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【経緯】
昨年の12月、私の帰国時に娘の子どもが2月に生まれることが判明していましたので、衣類や小物や抱っこひもや雑貨など、可能な限り赤ちゃん用品を購入しました。周りの子育てをされているママにも様々なアドバイスを頂いた中で、この「明治ほほえみらくらくキューブはとても便利なので、絶対に買って行った方が良い」と勧められましたので、何も考えずにこの大箱をアマゾンで購入しました。ところが、いざ今年の2月に子育てが始まってみると、母乳だけで十分足りることが判明し、折角持って来たこの貴重な日本製のミルクを使う必要が無くなってしまいました。この状況は全く想定しておらず、丸々新品のまま使われないで家にしまってあります。
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【詳細】
〇固形粉ミルク 48包
〇固形ミルク1個分で40ml
〇0歳~1歳のお誕生日頃まで
〇キューブ状になったミルクを、哺乳瓶に入れてお湯で溶かすだけで簡単に調乳出来ます。
〇賞味期限:2019年4月21日
〇荷造りの関係で、外箱を外し緩衝材で巻いてスーツケースに入れてブラジルに持ってきました。
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【もしこのミルクを必要とされる方がいらっしゃるようでしたら…】
この明治ほほえみらくらくキューブは、従来の粉ミルクを固形にしたもので、外出先などでも使い勝手が良いから、働くママには便利で良いと思う、とのアドバイスで持ってきましたが、我が家では使用する可能性がなくなりました。もし、このミルクを必要としている方がいらっしゃるようでしたら、お譲りさせて頂きたいと思っています。

【受け渡し場所】
サンパウロ市内のメトロ駅で手渡しを希望
詳しいやり取りは、このブログ専用アドレスまたは、
この記事のコメント欄に『非公開コメント』にチェックを入れてメッセージをお書きください。この記事が目に留まり、もし回りに必要としている方がいらっしゃいましたら、ご連絡をお願いいたします。


# by beijaflorspbr | 2018-05-07 22:32 | お知らせ | Trackback
2018年 05月 06日

毬ちゃん3か月

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孫の毬ちゃん(ニックネーム)が産まれて3か月が無事に過ぎました。日に日に成長ぶりが認められて、家族はいちいち感動しまくっています。やれ笑うようになっただの、泣く時間が短くなっただの、声を出すようになった、お風呂が大好きになったなどの一挙手一投足にワイワイ言って喜んでいます。恵まれた赤ちゃん、でも甘やかさないようにしなくては、一人前にしなくては…と思いは先走るものの、現実的にはなかなか思うようにいきません。昨日はもう一人の毬ちゃんのおばあちゃんとゆっくり話す機会があり、思いがけず、我が人生を見つめ直しました。私は将来どう生きて行きたいのか、どこで生きていくのか、娘や孫との関係はどうなるのか?等々…。思いがけず良い時間を共有出来ました。Iおばあちゃん、ありがとうございました。

昨日は、良いことがありました。日本の息子と、新しく購入する予定の家電の相談事でしたが、現場(ヨ〇バシ)からこれがどうの、機能はこうだよだの、値段は・・・など詳しく実況中継をしてくれました。便利な世の中になったものです。久しぶりに彼と話していると、やっぱり会いたくなる。。。「ムスコに弱い母」と娘たちに揶揄されても仕方がありません。会話の中で「もう寝なくちゃいけないんじゃない?」などと私の身を心配してくれました。「大丈夫だよ、まだシャワー浴びたり寝る用意をするから、20分後にもう一度コールしてね」と。結局購入するメーカーや機種も決まり、めでたしめでたし。。。次の帰国がまた楽しみになってきました。早く日本に帰って、子どもたちのために何かをしてあげたい気持ちでいっぱいです。その時は、孫から子どもたちへと我が身をシフトしましょう。まだ帰国までちょっとあるけれど、ガンバレ日本の子どもたち!恥ずかしくて直接言えないので、ここでこっそり叫ばせてもらいます~♪


# by beijaflorspbr | 2018-05-06 23:06 | 家族 | Trackback
2018年 05月 04日

子守りはしてあげるではなくさせて頂く

昨日は、1週間ぶりに孫の毬ちゃんの家に朝から子守りに行って来ました。早いもので、産まれて3か月が経ちました。益々泣き声にも迫力があり、抱っこしていると、あまりに力強い声で耳が痛くなってしまうほどです。表情もより豊かになり、良く笑ってくれるし、目で追うしで本当に可愛い。でも実際に子育てをしている娘は、「相変わらず2時間半おきに起きるし、夜になると目がギラギラして時々寝ない。。。」とそれなりの悩みもあるようでした。働きながらの子育ての厳しさはいかばかりでしょう。まだ本格的に仕事復帰をしたわけではないので、多少の時間的余裕はありますが、将来的に毬ちゃんの成長と共に、忙しくなっていくのかなあ、とまるで他人事のように思うのは「孫は来て良し帰って良し」の格言通り、全面的に責任を負う立場ではないのが救いです。健やかな成長と共に、思うのは、こうして間近で孫の成長を逐一見届けられるのは、この上ない幸せと実感します。確かに早朝からお弁当を作って、満員のバスに揺られることは体力的にきついものの、毬ちゃんの一瞬の笑顔で吹き飛んでしまいます。まさに子守りをしてやる、ではなく有難いことにさせて頂いているのだということを日々実感しています。昨日はささやかにSweet Deliでケーキを買って3か月のお祝いをしました。毬ちゃんはもちろんまだケーキを食べられませんが、節目節目で「無事に育って良かったねぇ」と笑顔になれるのもこの小さな尊い命のお蔭。ママが仕事でいないお家で「毬ちゃん、ばぁばにたくさんの力と元気を与えてくれてありがとうね」とこっそりお礼を言いました。毬ちゃんはぐっすり寝ていましたが…(笑)朝9時から夜の9時まで、良く頑張ったせいで爆睡できました。でもママは爆睡なんて夢のまた夢なんですよね、エルガンバレ!!!
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(毬ちゃん生後3か月の日に…)


# by beijaflorspbr | 2018-05-04 23:16 | 家族 | Trackback
2018年 05月 02日

サンパウロ・旧セントロ地区のビル火災について・・・

毎日記事は更新しない・・・と昨日宣言したばかりですが、5月1日未明に、サンパウロ市旧セントロ(中心街)地区の23階建てビルで起こったビル火災について、私の身の回りで「サンパウロのビル火災をニュースで知ったのだけど大丈夫?」と心配するメッセージをいくつか頂きましたので、お返事のつもりで書かせて頂きます。1960年に建築されたこのビルは、23階建てで、構造はガラスと鉄骨により出来ている点から、あのニューヨークの旧WTCビルと似ているとのことでした(Google Mapで元のビルの姿が見られます)。昔栄えたセントロ地区に出来たこの近代的なノッポビルは、周囲でも抜きん出て近代的なビルで、とても目立っていたことでしょう。建設当時、全面ガラス張りのこの近代的なビルは観光地化され、誇りを持って見上げる人が多かったそうです。1960年のビル完成以降は、一流会社が入居し、商業ビルとしての役割を長年果たし、時を経て所有権トラブルから、最終的には国に撤収されました。ある一定期間は連邦政府の重要機関が入居していたこともありました。実は…私の夫であるトリオさんは、直属の上司がこの組織のトップになられたのをきっかけに、州政府機関から上司と共にこの連邦政府機関に出向し、12年間このビルの18階のDiretoriaエリアで補佐官として一生懸命仕事をしていました。それ故、ビルの辿って来た経緯や周辺の地理を人より少しは詳しく知っていたのです。その後その連邦政府機関はLAPA地区にビルを新築し、そちらへ転居することになりました。引き渡し後は、同じ連邦機関である社会保険庁などが入り、業務を続行。建物の老朽化と共に、その組織も退去し、他へと移りました。但しこのビルは国の歴史建造物に指定されており、勝手に取り壊しが出来なかったのを良いことに、その後空きビルになった建物が、近年ホームレスの格好の住まいとなっていたようです。今回火が出て全焼してしまったのは、勝手に移り住んだホームレスが、炊事に使っていたプロパンガスの引火が原因と言われています。昨日は一日中、Rede Globo局などテレビ局はこのニュースを流し続けていました。じっと静かにそれを見ていたトリオさんの横顔が少し寂しそうでした。

「さみしいね・・・」
「うん、そうだね。でも実際に長年使われていなかったビルだったから、早く壊すべきだったんだよね」
「そうだね、でも何故長年放置したの?」
「それはね、サンパウロ市内にもたくさんある歴史建造物で法律で勝手に壊せないからなんだよ」
「へぇ~~」
「最上階にはステキな展望レストランがあったんだよ、そこで良くT氏(上司)と食事したもんだ」
「懐かしいね、もうTさんも亡くなられたものね」
「うん。。。。。。」

そう言えば、私がセントロの業者のところに車で仕事に行く途中、平行していた道で、遠慮なくクラクションを鳴らす失礼な車の運転手の顔を見ると、あのトリオさんの上司であるT氏が笑顔で

「〇〇〇(私の名前)Bom Dia!!元気?」

と明るく挨拶してくれました。あんなに偉い方が気さくに街中で挨拶してくれたのが昨日のことのように思い出されます。あの頃この焼けたビルの18階で大切なお仕事をされていたんだな~なんてしみじみ思い出していました。後に、T氏は政界に進出し、サンパウロ州選出の上院議員となられ、首都ブラジリアに行かれてしまったので、トリオさんと同僚で事務の後片付けをして、このビルから元の職場に戻ったとのことでした。

「あれからもう30年・・・ちょっと前のことのように思うけどね」

としばしこの焼失してしまったビルに思いを馳せました。そうか…あの頃は私自身も子どもが小さくて、3人の子育てに忙しく飛び回っていた時期でした。そのせいか、あまりトリオさんの仕事に関心がなかったのか、仕事場の住所は一応把握していたものの、そのビルに近付いたことも行ったこともありませんでした。男性にとって、元仕事場が火事で焼けて無くなってしまうこと…それはある意味丸々想い出が一瞬にして消えてしまうことを意味するものなのかもしれません。ある一時期、このビルの中でたくさんの重要な業務が行われ、何百万人もの人が出入りしていた時代を間近で目撃してきたトリオさんには、切なく寂しいことだったかと思います。今も懸命に生存者を探しているサンパウロ市消防局の皆さまの働きには頭が下がります。また、火事で焼け出された方たちへの慈善活動が盛んに行われています。衣類・食料品などを持ち寄り、立場の弱い方々に寄り添っておられる市民の方が多いのは何よりの明るいニュースです。世界中を駆け巡ったこのサンパウロビル大火災のニュース、実は本当に身近な存在だったことをここでそっとご報告させて頂きます。改めてある組織で45年間も真面目に働き続けてくれたトリオさんに感謝しないといけませんね。最近耳も遠く、すっかりおじいちゃんになってしまいましたが、どうか長生きしてください!!
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# by beijaflorspbr | 2018-05-02 22:52 | サンパウロ生活情報 | Trackback
2018年 05月 01日

4月もたくさんのアクセスをありがとうございました&お知らせ

いつも時間を取ってこのブログにお寄りいただき、ありがとうございます。2018年も早いもので、既に3分の1が終わってしまいました。この間私自身は、孫の子守りやお料理に明け暮れ、久々の風邪引きも加わって、自分の時間を十分に取ることもままならず、ブログ記事も今一つ盛り上がらないまま終わってしまいました。まことに申し訳ないと思うと同時に、長い人生だからそんな時もあるのかな?と割り切って考えております。アクセス解析を恥ずかしげもなく発表させて頂くのは、1か月間アクセス頂いたお一人お一人の見えない方々に感謝の気持ちを表したいからです。このブログは、私の離れている日本の家族や、友人たちへの「元気で何とか生きているよ~!」のメッセージも兼ねていますので、このままだらだら行こうと思っています。もしサンパウロの『地域情報』などを求めてここに辿り着かれる方には、カテゴリーの『サンパウロ生活情報』をご参考になさってください。

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4月で印象に残ったのは、サンパウロ市内に於ける事件の多発や相変わらず続く悪徳政治家の逮捕劇などでした。ブラジル国内の景気は一向に上向かず、庶民の生活はなかなか厳しい状況が変わらない限り、治安は悪くなることはあっても、良くなることはないのではないかと思い、憂えております。身近なバスやメトロや商業施設で当たり前のように起こる恐ろしい報道を見てはため息をつく今日この頃です。必要以上に怖がる必要はないのかもしれませんが、十分に用心して行動したいと思います。治安の良い日本が羨ましいです。夜間に歩いても、怖い!という感じが全くしないのは、私どもの日本の家があまりにも田舎だからでしょうか(笑)久々にじっくり息子と話をする中で「日本も色々問題があっても、治安は良いからいいよね」と私が言うと「それは確かに…ホントに気を付けてね」と優しく言ってくれました。

《ここでお知らせです》
2007年6月の開設以来、日課のようにしてほぼ毎日ブログ記事を更新してきましたが、現在は前のように自由に歩き回って写真を撮り記事にあげる…などと言うことが不可能になってきております。どうしても、目新しいもの、新鮮な出来事、美味しそうな飲食店情報、必要な地域情報を提供することが困難になってきているのと、行動半径が極度に狭まっていること、時間的余裕がないことなどの理由で、毎日更新を諦めることにしました。どれほど記事更新が空いてしまうのかは今の段階で分かりませんが、記事が更新されていなくても、あまり心配しないでください。このブログは4人目の子どものような存在でもありますが、その’子ども’である前に、孫の毬ちゃんが入ってしまいました。つまり優先順位が入れ替わってしまったのも事実です。今のところ、ブログ閉鎖や削除は考えておりませんが、将来的に別の方法での伝達方法も模索していきたいと思っております。そんな事情ですが、今後ともハチドリブログを宜しくお願いいたします。

【ー4月の記事検索は以下の通りですー】

1バス内強盗殺人事件に思うこと…3.59 %194
2コメントについて…3.29 %178
3TAXIとUBERの違いは?3.05 %165
4JALマイルの有効期限迫る2.87 %155
5ママと一緒に仕事準備開始2.83 %153
6まるでフルタイム通勤!?2.83 %153
7ルーラ元ブラジル大統領が遂に収監される2.75 %149
8週末のご褒美は!?2.72 %147
9米空港のX線検査について・・・2.70 %146
10相変わらずの地味弁三昧2.61 %141
11Pascoa(イースター)にはバカリャウ...2.48 %134
12我が家の地味弁2.44 %132
13女のくせに・・・女だからなのかな?(呟き...2.44 %132
14メトロ5号線はいつ全面開通するの?2.35 %127
15フルーツ大国、バンザイ!2.31 %125
16体調不良の日は・・・2.14 %116
17サンパウロメトロLinha 5-Lilá...2.11 %114
18毬ちゃん写真館2.05 %111
19会議もまた楽し。。。2.02 %109
20サンパウロメトロLinha 5-Lil...1.98 %107
21美味しいお肉、でも…1.94 %105
222017年12月大阪→サンパウロ搭乗記...1.92 %104
23サンパウロメトロLinha 5-Lilá...1.76 %95
24自身の闘病を振り返り感謝する春・・・1.66 %90
25日常のささやかな感動1.66 %90
26京都の桜便り1.55 %84
27風邪引き5日目1.53 %83
281週間ぶりに子守りに復帰1.53 %83
29激動の世界1.48 %80
30【地域情報】 ブラジル出入国カードの書き...1.37 %74


# by beijaflorspbr | 2018-05-01 23:17 | ブログアクセス解析 | Trackback | Comments(4)
2018年 04月 30日

大腸がんについての思い

野球界ではあまりに有名な鉄人と言われた衣笠祥雄さんが71歳でお亡くなりになりました。発表された病因は「上行結腸がん」。人生100年と言われる現代社会においての71歳は「まだ若い」部類に入るのかもしれません。大腸がんについては、日本人のがん死因の中では、肺がんに続く第2位になっているのは、如何に大腸がんに罹患し、亡くなって行く方が多いかということを表しています。大腸がんの自覚症状としては、下痢や便秘を繰り返す、血便が出る、貧血気味になる、急な体重減少などが認められたら、癌を疑い、直ぐにでも精密検査を受ける必要があると言われます。直腸癌を宣告された私の場合は、それらの一切の自覚症状がなく、唯一貧血気味だと思ったのものの、「忙しさのあまりきっと疲れていからだね」と自己診断で楽観し、大病を患っていることなど微塵も疑いませんでした。人間ドックで病を宣告された時は、正直他人事かと思ったほどです。後々、執刀医に「何故早く見つけられなかったのでしょうかねえ?」というと医師は「あなたの場合、ちょうど良いタイミングで(癌が)見つかった、と割り切った方が良いですよ」と言われました。発見のタイミングが早くても遅くても(個人差は多少あるものの)発見出来なかったり、逆に遅れたりして治療に支障をきたすことがままあるとのことでした。上記に書いた下痢便秘を繰り返す、血便が出るなどの自覚症状が出た時は、手遅れの場合が多いと併せてその時に解説してくださいました。私の場合はⅠ期転移なしの初期がんであったにも関わらず、術後5年間の精密検査は絶対に続けて欲しい、とも言われました。2004年から2009年までの5年間は、いつ癌が再発するか?とある意味恐怖と不安の連続でした。その過程については、良くこのブログ上の「癌と闘う」というカテゴリーの中で心情を吐露し、たくさんの方に励まして頂きました。2009年に癌検査の目安である最後の検査を受けた時 異常なしと言われた時は、さすがに感涙したものでした。そもそもこのブログを始めた2007年の時点では、まだ癌は完治しておらず、自分にもしものことがあった場合に、このブログを遺された家族が読んでくれたらいくらか励みになるだろうなあ~と思って必死で書き続けていたのも事実です。このブログは、もしかしたら死んでしまうかもしれない自らの命と闘っている記録となるかもしれないものでした。あれから14年、何故か私は風邪など軽い病気は患うものの、ピンピン元気にしています。これからも皆さまの祈りのお蔭で得た命を、大切にして行きたいと思っております。この記事が目に留まった皆さまも、定期健診はちゃんと受けてください。そして、少しでも自覚症状がある方は、怖がらずに医療機関で受診なさってください。私の友人は、1週間車で遠方までドライブをし、どうも腰が痛くて我慢出来ないと思ったら「2か所の脊椎骨折」を起こしていたそうで、即入院しました。軽い病気と侮らず、どうか何かの症状が出た時は真っ直ぐに病院へ検査に行ってくださいね。
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(今でも桜を観ると闘病時の苦しさを思い出し、少しだけ切なくなるのは仕方がないのかしら?)


# by beijaflorspbr | 2018-04-30 22:56 | 癌と闘う | Trackback