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2008年 09月 27日
鹿児島は両親が今から約40年前に数年間住んでいた懐かしの地です。加治屋町、天文館、桜島…と連想していくと、あの頃家に積もった桜島の灰と、母にお掃除を命じられた 桜島について…桜島(さくらじま)は、鹿児島県の錦江湾(正式には鹿児島湾)にある東西約12km、南北約10km、周囲約55km、面積約77km²の半島であり大隅半島と接続している。御岳(おんたけ)と呼ばれる活火山によって形成され、頻繁に噴火を繰り返してきた歴史を持ち、2008年現在も小規模であるが噴火することがある。海の中にそびえるその山容は特に異彩を放っており、鹿児島のシンボルの一つとされる。 高校時代は全寮制の学校に行っていたため、夏や冬の休みに帰省するだけの地でしたが、高校を卒業して2ヶ月間、久しぶりの親元で思いっきり甘えさせてもらった思い出の地なので、今でも懐かしくて訪ねたくなる場所のひとつです。甲突川沿いにある、加治屋町というところで暮らしていました。有力大名薩摩藩の本拠地とあって、大きな街です。そのシンボルはやはり桜島でしょう。朝6時台の山陽新幹線に乗るために、5時に家を出発しました。親切なNちゃんがまだ暗い中、わざわざ地下鉄・新金岡駅まで送ってくれました。新金岡駅は初めて降りましたが、まあとても長い通路なのでした!行けども行けども駅構内に着きません。ヒーヒー言ってたどり着いた頃、電車が行ってしまいました(涙)。気を取り直して、10分待ちましょう。新大阪駅には6時前に到着してしまいました。朝が早かったので、軽く朝食を頂きました。お昼の「博多ラーメン」に備えてかる~く。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() #
by beijaflorspbr
| 2008-09-27 07:43
| 日本国内旅行
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2008年 09月 26日
ブラジルに渡って31年、11月で32年目になる。結婚した当時、夫の仕事は考えられないほど忙しく、右も左も分からない私の手助けには全くならなかった。特殊な任務を帯びていたため、何日も帰らないこともあった。例えば居ない時に電話がかかるとしよう。もちろん99%はポルトガル語だ。一時「Alo!」ノイローゼになってしまった。電話が鳴ると怖くて布団を被ってしまうこともあったな。電話に布団をかぶせたこともあったっけ(笑)。何回鳴らしても出ない電話を心配して、夫が帰宅したこともあったくらいだ。あの頃は心配をかけたなあ~。家族にも親戚にも…。 早く自分の分身(味方)が欲しくて、子どもが授かった時は飛び上がらんばかりだった。自らの不注意で、生まれた子供は未熟児、慣れない言葉を駆使して医者通いをした。医療に関する言葉は真っ先に覚えたものだった。そのうち、学齢期に達し、学校(幼稚園)探し、入園、通園を通して道を覚え、車の運転に慣れ、ポルトガル語をマスターした頃、我が家にいたお手伝いとの積極的な触れ合いを通して、ものすごい勢いでブラジルの生活に慣れ親しんでいった。以前ここに書いた親友ヒロコさんの存在も大きかった。しかし、ずっと心の中にある孤独感はなくなることはなかった。 今はこうして賑やかに周りの家族や親戚、友達に囲まれてはいてもどういうわけか時々ひどい孤独感にさいなまれるのだ。人間ってなんて弱い生き物なのだろう。孤独を感じない人なんているのだろうか。どのように孤独感を乗り越えるのだろうか。それとも乗り越える必要なんてないのだろうか。「孤独を楽しむ」というのも良いものなのだろうか。 きっと疲れが溜まっているんだろうな~。明日になればきっと元気になるよね!と自らに喝を入れるハチドリ。 やっと全ての挨拶回りが済み、次はお客さんラッシュ!?ガンバロウっと。 #
by beijaflorspbr
| 2008-09-26 23:55
| サンパウロ生活情報
2008年 09月 25日
8月5日に叔父にあたるKが亡くなり、想像以上の会葬者があった。その後がなかなか大変だった。通夜・葬儀の会葬者の数約1000名。所属別に会葬者名簿を順番にPCに入力する。フィルターにかけ、アイウエオ順に並べ替える。全ての名簿の住所氏名を再チェックした上で、改めて住所管理ソフトに入力する。挨拶状ができてから封筒にプリントアウトし、挨拶状を入れて封をする。間違いがないか、もう一度確認する。数を数えて弔事用の80円切手を購入する。お返しを選び発注する。Nちゃんと相談の上、銀座のお茶屋さんから取りよせた。予め各種類を取り寄せて、味見をしてみて美味しかったからだ。 ![]() ![]() ◎挨拶状だけの方(500通超) ◎お返しの品と挨拶状→手渡し ◎お返しの品と挨拶状→宅配便と普通郵便に分け(この数60個口)送る ◎海外(カナダ・ロスアンゼルス・パリ・ハワイ)に送る。 この全ての作業に深くかかわってきて、というより、ほとんどの工程を一人でこなし、やっと今日全ての作業及びNちゃんとの挨拶まわりを完了することができた。いやいや…お葬式とは遺されたものをボロボロにすることなのかというくらい疲れが溜まりに溜まってしまった。少し休みたいなあ~~疲れた。。。明日はいよいよ大阪市内を車で回る予定。もちろん運転手は私なのだ。そろそろ休もうっと!じゃないと倒れちゃうだろうなあ。。今頃天国のKくんが我々の危なっかしい行動を見て苦笑しているかしら!? #
by beijaflorspbr
| 2008-09-25 22:09
| 家族
2008年 09月 24日
名残を惜しみつつ、我々が高岡を発ったのが9月15日の祭日の朝。ちょうどホームにいた鈍行の電車に飛び乗りました。ローカル線の車掌さんってなんて優しいのでしょう。駆け込み乗車を試みて駆け降りる我々を待つのみならず、足の不自由は杖をついた方もちゃんと待って出発、小さな感動でした。スケルトンな金沢駅、ここから100円バスで兼六園方面に向かうこと約20分、祭日のせいか、観光客でいっぱいです。スズメを置いて一目散に受付に走り並びます。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 近江町市場で茹でたての蟹を買い、とびっきり豪華なちらし寿司を頂いたことはすでに書きましたね。 ![]() ![]() ![]() #
by beijaflorspbr
| 2008-09-24 11:25
| 日本国内旅行
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2008年 09月 23日
2006年9月23日午前1時15分、私の最愛の母は旅立ちました。亡くなって早いもので2年の歳月が当たり前に流れ、私は両親の御霊に護られて今も元気に暮らしています。今年の8月5日、衝撃的な叔父にあたる(母の腹違いの弟)58歳のKが僅か3日間の闘病の末亡くなるという悲劇に遭い、今まで妻のNちゃんと一緒に日々闘ってきました。今も毎日頑張っています。日本でお葬式を出すとどうしてこうも大変な思いをしなくてはいけないのか、しかし多少しんどい思いをしても、弔意を示してくださった方々には礼を尽くそう、とのNちゃんの考えに寄り添って一緒に行動をする日々です。 ![]() #
by beijaflorspbr
| 2008-09-23 08:09
| 両親を想う
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![]() ブラジル・サンパウロ生活49年のハチドリです。ごく普通の日々を元気いっぱい綴ります。記事内容や、ご質問・お問合せは、連絡用メールアドレス…【beijaflorspbr●gmail.com(●を@に)】まで。※なお、本文に必ず氏名(本名)をお書きください。 by ハチドリ カレンダー
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