ハチドリのブラジル・サンパウロ(時々日本)日記

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カテゴリ:癌と闘う( 41 )


2018年 11月 14日

一年に一度の人間ドックの結果は?

今からちょうど一年前の人間ドックを終えた直後に、今年の予約を取りこの日を迎えました。一年一度の検診が楽しみということではなく、14年前に直腸がんの診断を受けた前科がある私なので、異常がなければ安心ですが、もし何か病気が見つかったら検査や治療の時間も必要ということで毎年大変緊張します。朝7時50分、自宅前からのシャトルバスに乗って病院へ。総合受付で保険証の確認後、健康管理室で受け付け。8時組、8時半組、9時組、と細かく分かれていていつもいっぱいですが、スタっフも多く待ち時間は少ないです。これだけ検診に訪れる人がいるのにはいつも感心します。私自身は何を思ったのか、31歳の年からほぼ毎年人間ドックを受けてきました。ちょうど20年目の51歳の時に、偶然癌が見つかり、ごく初期だったために命が助かりました。こうして細かく記事にすることで、検診の大切さや早期発見の重要性を訴える義務があると思い、しつこく書かせて頂いています。
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幸い秋らしい好天気にホッとします。そして何か良いことが起こりそうな予感がするから不思議。
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予定通り8時半に始まった検査は、12時ちょっと過ぎに全部終わりました。身体測定・血液採取・心電図・肺機能・聴力・眼底・胸部エコーに加えてオプション検査は胃カメラが一番のネックでした。昨年はピロリ菌が見つかり除菌をしてもらった後はどうなったのか?ということで今年も胃カメラ検査にしました。昨年よりもずっと時間も短く、内視鏡担当医も「全体的に綺麗ですね」と褒めてくださいました。良かったぁ!特に今回の担当看護師さんがとっても優しくて、検査の最初から最後まで背中をさすって励まし続けてくださいました。「私が話しかけてもいちいちお返事しなくてもいいですよ」とか「我慢強いですね」など美辞麗句のオンパレード~♪笑顔で内視鏡室を後にしたのは初めてでした。来年も受けますよ、胃カメラ…(^^♪今年は体への負担が少なかったせいか、検査が全部終わると珍しくお腹が空いていました。検査結果を担当医から伺うと、今年は概ね異常なしで心配は要りませんよ、と太鼓判を押してくださいました。昨年は気分が悪くて食事どころではありませんでしたが、結果が良好だったこともあり、病院内の食堂でこんなヘビーな定食を!熱々揚げたてのメンチカツ定食、久々の食事だけあり、これは美味しかった!ということは健康な証拠?
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おまけにシャトルバスを待つ間にカフェオーレをコンビニで買って飲んでしまいました。健康第一に長生きしようっと~♪そして貴重な日本滞在中は遊ぶよー!
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by beijaflorspbr | 2018-11-14 18:00 | 癌と闘う | Comments(0)
2018年 09月 15日

大腸がん一位(平成26年のデータから)

国立がん研究センターは14日、平成26年に新たにがんと診断された人は86万7千人で、過去最多を更新したと発表した。高齢化に伴って増加し、30年は101万4千人になると予測している。部位別で最も多かったのは大腸がんの13万4千人で、25年に1位だった胃がんを抜いた。戦後の衛生状態の改善で胃がんの原因となるピロリ菌の感染者が減ったためとみられる。大腸がんは、食の欧米化が要因の一つとされ、増加傾向にある。がん対策情報センターの若尾文彦センター長は「大腸がんは検診で死亡率を減らせる」と呼びかけた。研究センターは都道府県が集める「地域がん登録」のデータを分析。がん患者の内訳は男性が約50万2千人、女性は約36万6千人だった。部位別では、男性は胃が最も多く8万7千人、次いで肺、大腸、前立腺、肝臓。女性は乳房が最多で7万6千人、大腸、胃、肺、子宮が続いた。
産経ウェブより一部抜粋)
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2004年に思いがけず罹患してしまった「直腸癌」患者の私ですので、上のニュースを見て思わず反応してしまいました。長い間胃がんが一位だったのに、いよいよ大腸がんが一位にというニュースは、少し残念な気持ちがしました。大腸がんのほとんどが、自覚症状があまりないため、検診を受けることで見つける方法が一般的です。逆に言えば、明らかな自覚症状があった時は重篤な場合が多いとは、私の主治医の言葉でした。私自身の場合は、毎年受けていた人間ドックで直腸癌を見つけて頂きましたので、罹った後は病気から逃げずに果敢に闘うことに決めました。癌の闘病期間は約5年間(術前検査・診断・手術・術後の定期検査から完治まで)ですが、長い人生で言えばほんの少しの期間でも、当事者にとってはとても長く希望を失いそうな果てしなく遠い道のりのように思いました。「今度こそダメなんじゃないか…」何度も絶望感に苛まれました。でも実際には今病気を克服して私は元気に生きています。このブログを読んでくださっている皆さま、ご自身、ご家族、お友達がもし癌に罹ってしまった、という方がおられましたら、是非「地球の片隅に、癌を克服してこんなに元気に生きている人がいるよーーー」と教えてあげてください。癌は今や治る病気と私は信じています。但し、治るのは『早期発見』に限ります。それと、最悪を最善に替え、一病息災で気を付けながら一生健康でいようと決意することで苦しい時期を何とか乗り切りました。皆さま、どうか健康診断を定期的に受けてください。それが私からのささやかなお願いです。



by beijaflorspbr | 2018-09-15 20:00 | 癌と闘う
2018年 04月 30日

大腸がんについての思い

野球界ではあまりに有名な鉄人と言われた衣笠祥雄さんが71歳でお亡くなりになりました。発表された病因は「上行結腸がん」。人生100年と言われる現代社会においての71歳は「まだ若い」部類に入るのかもしれません。大腸がんについては、日本人のがん死因の中では、肺がんに続く第2位になっているのは、如何に大腸がんに罹患し、亡くなって行く方が多いかということを表しています。大腸がんの自覚症状としては、下痢や便秘を繰り返す、血便が出る、貧血気味になる、急な体重減少などが認められたら、癌を疑い、直ぐにでも精密検査を受ける必要があると言われます。直腸癌を宣告された私の場合は、それらの一切の自覚症状がなく、唯一貧血気味だと思ったのものの、「忙しさのあまりきっと疲れていからだね」と自己診断で楽観し、大病を患っていることなど微塵も疑いませんでした。人間ドックで病を宣告された時は、正直他人事かと思ったほどです。後々、執刀医に「何故早く見つけられなかったのでしょうかねえ?」というと医師は「あなたの場合、ちょうど良いタイミングで(癌が)見つかった、と割り切った方が良いですよ」と言われました。発見のタイミングが早くても遅くても(個人差は多少あるものの)発見出来なかったり、逆に遅れたりして治療に支障をきたすことがままあるとのことでした。上記に書いた下痢便秘を繰り返す、血便が出るなどの自覚症状が出た時は、手遅れの場合が多いと併せてその時に解説してくださいました。私の場合はⅠ期転移なしの初期がんであったにも関わらず、術後5年間の精密検査は絶対に続けて欲しい、とも言われました。2004年から2009年までの5年間は、いつ癌が再発するか?とある意味恐怖と不安の連続でした。その過程については、良くこのブログ上の「癌と闘う」というカテゴリーの中で心情を吐露し、たくさんの方に励まして頂きました。2009年に癌検査の目安である最後の検査を受けた時 異常なしと言われた時は、さすがに感涙したものでした。そもそもこのブログを始めた2007年の時点では、まだ癌は完治しておらず、自分にもしものことがあった場合に、このブログを遺された家族が読んでくれたらいくらか励みになるだろうなあ~と思って必死で書き続けていたのも事実です。このブログは、もしかしたら死んでしまうかもしれない自らの命と闘っている記録となるかもしれないものでした。あれから14年、何故か私は風邪など軽い病気は患うものの、ピンピン元気にしています。これからも皆さまの祈りのお蔭で得た命を、大切にして行きたいと思っております。この記事が目に留まった皆さまも、定期健診はちゃんと受けてください。そして、少しでも自覚症状がある方は、怖がらずに医療機関で受診なさってください。私の友人は、1週間車で遠方までドライブをし、どうも腰が痛くて我慢出来ないと思ったら「2か所の脊椎骨折」を起こしていたそうで、即入院しました。軽い病気と侮らず、どうか何かの症状が出た時は真っ直ぐに病院へ検査に行ってくださいね。
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(今でも桜を観ると闘病時の苦しさを思い出し、少しだけ切なくなるのは仕方がないのかしら?)


by beijaflorspbr | 2018-04-30 22:56 | 癌と闘う
2018年 04月 14日

自身の闘病を振り返り感謝する春・・・

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桜が散り、花桃が満開になるこんな華やかな季節に、私は人生最悪とも言える「癌」と診断されました。今から14年前のことながら鮮明に記憶に残っています。それまで完璧な健康状態ではなかったものの、両親の介護をしていたため、疲れが貯まるとふら付くという自覚症状がしばしばあったのも事実です。「疲れているから早めに休むね」などと母に断って横になったこともありました。それ以外は何も自覚症状はありませんでした(ように記憶しています)。35歳の年から、毎年必ず受けていた人間ドックが、子どもの受験の関係で半年遅れた春、いつものようにいつもの病院で検査を受けると、診断結果票の中に、赤字で書かれた二つの数字が!それを受けて、診断医(内科医)から「再検査が必要です。検査結果を見てこれからの治療方針を決めましょう」と言われ、え?何のこと?誰のこと?まさか私?と多くの???が頭の中に並びました。つまり、検査の中の便潜血反応が2回とも+3と高い数値を指していたのでした。その後指示通りに、同病院で注腸検査及び大腸内視鏡検査を受けた結果「直腸癌です」との診断が外科部長から下され、「1週間以内に入院し、腫瘍を含めた腸を取り除く手術をします」と言われました。あれよあれよと流れるように入院し、手術を受けました。闘病中そして、術後5年間は検査に次ぐ検査でかなり大変でした。何しろ、ブラジルに住みながら日本で手術を受けたため、定期健診の度に帰国する必要があったからです。色々大変阿こともありましたが、結果今私はすこぶる元気です。その後、身近な人が「癌と言われたんだよね」とか「私の肉親が癌になった」と耳にするようになりましたが、「癌は確かに怖い病気だけど、発見が早く、適切な治療が受けられたら治る可能性はかなり高いと思うよ」と言っています。それは慰めでも何でもなく、自分自身が果敢に治療に取り組んできたからこそ言えることだと思っています。2004年4月13日は私がもう一度命を頂いた日です。当時のN先生、I先生、たくさんの看護師さんに感謝する日です。私の快癒を祈り続けてくれた両親を始め家族、親友、世界中の友人に手を合わせる日です。ありがとうございます!
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(闘病中に頂いた苺の美味しかったこと!忘れられません)
もしこの記事が目に入りましたら、どうか毎年健康診断を受けてください。私の歩んだ道がどれだけ厳しかろうと、早期発見で命を助けて頂いたことは、紛れもない事実です。そして現在私はとても元気で(ちょっと肥満気味ですが←笑)日々楽しく元気に暮らしております。自分の命は自分だけのものではありません、結婚したら配偶者や子どもたちにとっても大切な命になると思うのです。夫や子どもたちに、悲しい思いをさせなくて本当に良かった。これは、闘病中も闘病後も何度か思ったことでした。これからも自身の命を慈しみ、大切に生きることが、私の命を救ってくださった医師団や周りの親しい皆さまの願いだと信じています。長生きするよ~~~(^◇^)/


by beijaflorspbr | 2018-04-14 23:08 | 癌と闘う
2017年 06月 23日

耐え難い悲しみ

フリーアナウンサーの小林麻央さんが、遂に天国に旅立たれました。本当に本当に残念で悲しいことです。彼女は病気としっかり向き合いながらも、家族を愛し、大切に思い、心を残しつつ静かに旅立たれました。ずっと彼女のブログをフォローし、毎日拝見しては我がことのように心配し、ある時は涙を流したものでした。色々試してみた治療が功を奏さず、痛みが強まったと知っては心配したものでした。癌の疼痛は言葉に出来ないほど辛いもの、というのは、11年前に実母が罹った末期胃がん看病中に経験したものでした。家族の看病というのは、耐え難い悲しみを伴うものです。今日の海老蔵さんの会見をVTRで拝見し、どれほどの力を尽くされたのかが良く分かり、涙してしまいました。麻央さんは私の子どもたちの年齢ですので、どうしても我がことのように思ってしまいます。「心残りだったでしょうね・・・」の海老蔵さんのお言葉通り、これからは周りのご家族やみんなで、お母さまの代わりに子どもたちの行く末を温かく見守ってあげなくてはいけませんね。今夜は自分のことは到底書くことが出来ず、中途半端な書き込みで申し訳ございません。今日見上げた伊勢神宮の大木です。
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柔らかい光の中で、微笑んでいるであろう麻央さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。苦しい治療を長い間耐えられて、今頃平安を得られたのでしょうか。合掌


by beijaflorspbr | 2017-06-23 23:14 | 癌と闘う
2017年 04月 10日

癌という病について…

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こんな夕暮れを眺めていると、どうしてもこの時期に経験した自身の大きな病と向き合う時間が訪れる。13年前の今頃、私はある総合病院の外科病棟のベッドに力なく横たわっていた。その時に眺めていた夕日とリンクするからだ。その2週間前に突然宣告された「直腸癌」という聞きなれない病名。何度かくじけそうになったり絶望的になったりもしたが、周りの方々の力強いサポートにより、ちゃんと正しく闘って行こう!と前向きに受け止められるようになった。お蔭で今私はちゃんと立ち直り、13年経った今も元気で生きている。生きているのではなく、神さまがお許しくださり、生かされていることを実感している。私の愛する教え子が、今日無事に還暦を迎えた。「無事に」という言葉に違和感を感じる方も多いかと思うが、4年前、彼女に告げられた病名は「癌」だった。定期健診を受ける段階で、既に癌が転移しており、抗がん剤と放射線治療が必要なことを担当医に告げられた。そんな経緯でも、彼女は常に前向きに戦い続けている。地方都市でちょっと有名な彼女は、多くの仕事仲間や友人を得て盛大に誕生祝をしてもらったようだ。はち切れそうな彼女の笑顔が溢れた写真に涙した。誰もが彼女を必要とし、温かく優しく包み込むように寄り添ってくれている。こんなにも遠く離れているけれど、私もずっと見守っている。病気を得て、初めてそんな当たり前のことに気が付く。Mちゃん、お誕生日おめでとう、近日中に会えますように!人はその漢字の通り、お互いに支え合って行かないと生きていけないのだと思ったMの誕生日。しみじみ日本に思いを馳せた時間だった。命を大切に守ろう、それは周りの人たちをたくさんの幸せで包み込むことになるのだから…。

by beijaflorspbr | 2017-04-10 21:48 | 癌と闘う
2016年 09月 13日

忘れられない自身の病歴

つい先日ある集まりがあり、ひょんなことから自分自身が罹った病気の話になりました。その前後に、ウェブサイトで病気に関する興味深い記事を見つけましたので、今日はそのお話を少しだけさせて頂きます。毎日新聞ウェブ版に出た下記記事のタイトルに当然のことながら過剰反応をしてしまいました。
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つまり、大腸の右側と左側は器官が作られる過程が異なるほか、発がんにかかる遺伝子にも違いがあり、悪性度が高いがん関連遺伝子は右側に多い。
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全くの偶然かもしれませんが、私の腸に出来た癌は「左側」でした。この研究は、手術ができない患者を対象に調査したデータの発表ですので、私のように「初期~進行」の間で手術を受けて摘出した者には当て嵌まらないかもしれません。私の場合は、定期健診(人間ドック)の際に、便潜血反応で2回とも【+3】という結果が出たため、再検査(注腸・大腸内視鏡)を受けて病気が発見されました。医師から「直腸癌です」とはっきりと言われた時は、流石に大きなショックを受けました。そのショックから抜け出すと、家族に何と説明すればいいんだろう?と途方に暮れました。当時父は長期入院中で身体が随分弱っていましたし、母は足が不自由で、誰かの助けがないと生活が成り立たない状態でした。唯一動くことができる私が、定期的にブラジルと日本とを行ったり来たりして生活を支えている状況でした。もし私に何かあれば総倒れという厳しい状況の中、何が何でも「生きなくちゃ!!」という力強い気持ちがあったのも事実です。社会生活を送る中で、それぞれの立場で色々な役割がありますが、当時を振り返っても周りの皆から全面的に頼りにされている立場を理解していたのもこの私でした。色々あった中で、入院ー手術ー5年間の経過観察(精密検査)を経て、めでたく無罪放免となったのが2009年4月。

あれから時々風邪を引いたり、腸の不具合こそありますが、周りの人たちからは「いつも元気ですね~」なんて褒めて頂いています。前向きに生きること、誰かの役に立つこと、いつも何かを学ぶこと、考えることを心がけていますが、まだまだ足りないのかもしれないと思っています。今は昔に比べて果敢に挑戦するという気持ちが欠落しているようにも思いますが、年相応に無理なきよう神様から頂いた命を大切に慈しんでいきたいと願っています。もしこれから周りに「癌」宣告を受けるような方がいらしたら、私の例を話して差し上げてください。「サンパウロにね、癌を克服して妙に元気なおば(あ)ちゃんがいるよ!だからきっと大丈夫だよー」と(笑)今日は駄文&独り言ですみません。
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(家族とお友達に作った週末弁当のテーマは「ヘルシー」)


by beijaflorspbr | 2016-09-13 22:10 | 癌と闘う
2016年 06月 09日

癌という病気(自らの闘病を振り返る)

市川海老蔵さんの奥さまである麻央さんの突然の進行がんに関する報道で、思うことがありましたので、自身の病気のことと重ね合わせて少し書かせて頂きたいと思います。どうしても自分自身も12年前に癌に罹った元患者としての自覚が今でもあり、麻央さんの突然の報道は到底他人事では済まされません。海老蔵さんが言葉を選びながらも慎重に発するお言葉一言一言を真剣に聞かせて頂きました。それが気になって(ブラジル時間)真夜中の午前3時からのライブ中継やニュース速報をしっかりチェック。それにしても、レポーターの質問の仕方には少し疑問が残りました。ここがこの病気を経験した人としていない人の大きな違いではないか、と思いました。ともかく30分に渡る全ての会見が終わってから、自分自身の頭の中で話の内容をまとめてみました。麻央さんの33歳という若さ、既に闘病1年8か月という期間、進行スピードが速い、(病気の)深刻な状況、抗がん剤治療のために入退院を繰り返している、子どもたちの大切な成長期に傍にいてあげられないことで申し訳ないという気持ちが強い…。どの言葉も心が痛みます。果たして自分自身の時はどうだったんだろう?記憶を2004年当時に戻してみたいと思います。

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【定期健診後異常が見つかる】(2004年3月)
子どもの受験で、半年遅れの定期健診(人間ドック)を受けた結果、便潜血反応が2回とも+3で胃か大腸にポリープがある可能性ありと診断される。この時点で自覚症状は全くなかった。
※健康に自信があった訳ではないのと、子ども3人の母親の責任として、35歳から毎年人間ドック検査を受けていた。

【次々に指定された精密検査を受ける】(2004年4月)
注腸検査と胃カメラ、大腸内視鏡検査、血液検査、レントゲン検査を受ける。検査発注用紙に書かれた『至急』という二文字にただ事ではない気配を察し焦る。この時点で、自分の病状が「たいしたことない」では済まされないことを察した。注腸検査で、大腸に比較的大きなポリープがあるのが分かり、大腸内視鏡では採ることが出来ず、そのまま帰宅する。
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【検査の結果、主治医から癌宣告を受ける】(2004年4月桜満開の頃)
「検査結果を申し上げます、お一人で聞かれますか?ご家族の方に同席してもらいますか?」
「はい、一人で大丈夫です」
「病名は『直腸癌』初期~進行癌と思われます。開腹手術で悪性腫瘍を含む大腸切除術を行いましょう。
入院期間は約3週間、病理検査の結果では更なる治療(抗がん剤)が必要になることもあります。」
「分かりました、こうなったからには前向きに病気と闘いますので、宜しくお願いいたします」
「私たちも一生懸命取り組みますので、こちらこそ宜しくお願いします」

【3時間に渡る開腹手術を受ける】(2004年4月13日)
診断から1週間後に入院。丸一日の絶食後、麻酔をして手術を受けた。回復室で目を覚ますまではもちろん記憶はない。家族(娘)が、執刀医に呼ばれて、手術後に切り取ったばかりの腫瘍を(腸をメスで切って)見せてくれたそうだ。娘は医療従事者なので、実際の腫瘍を見せられても冷静でいられたそうだ。後で2,5センチの悪性腫瘍が写った写真を執刀医からもらった。悪いものを早めに採ってもらえて良かった…。その時の正直な感想だった。手術と同時に14個のリンパ節も切除して検査に回した結果、一つも転移なし、ステージで言えば「Ⅰ期(=初期)」と診断され、抗がん剤治療は受けなかった。入院中はただただ術後の傷が回復するのを待つだけだった。1週間の辛い絶食を経て、無事食事が摂れるようになった時は、本当に嬉しかった。

【退院】(2004年5月上旬)
お腹に開けた管の傷の治りが遅く膿んでやきもきしたが、ようやく乾いたので、予定より1日早い20日目に退院した。退屈な入院生活の中で、たくさんの親しい友人たちが日本全国からお見舞いに駆け付けてくれたのは大きな励みになった。家族や友人の有難さ、祈りのお蔭で何とか元気に退院することが出来た。余談だが、この闘病中に8キロ体重を減らすことが出来たのは今でも忘れられない。

【24時間のフライトで日本からブラジルに帰る】(2004年5月下旬)
まだ完全に傷は癒えていなかったものの、娘に伴われてブラジルに帰ることを決めた。事前に日本航空にビジネスクラスへのアップグレードと全行程での車椅子の手配をお願いした。生々しい傷と、術後の後遺症を抱えてのフライトは、これまでで一番厳しく、一生忘れられない辛いフライトとなった。サンパウロの家に帰ると、家族が階段を上らずに生活できるように階下の部屋にベッドを入れてそこだけで生活できるように環境を整えてくれていた。帰った時期が秋だったので、足腰が冷えないよう炬燵が置いてあって感激した。腸が詰まらないように、野菜や果物を中心とした食生活を管理してくれたのも家族だった。その頃はまだ術後の傷や、腸がこすれるのか、お腹が痛く怠い日が続いた。筋力が極度に落ちて、車の運転や歩くことがなかなか上手に出来なくなっていた。この頃、子どもに手を引かれて歩いていたのを覚えている。

【3か月後検査のために再帰国】(2004年7月)
術後3か月置きに精密検査を受けるよう、病院から言われたため、7月末に帰国することにした。念のためビジネスクラスを予約したのが良かったのか、経由地のニューヨークでエンジンタンク故障のため、ストップオーバーをするというアクシデント発生。ニューヨークのホテルに宿泊すると決まった時も、優先的にホテルにチェックイン出来た。ここで思いがけず親友のMちゃんご夫妻と再会が叶った。ニューヨーク市内を車でドライブし、ブルックリンからマンハッタン島を眺めたり、ブロードウェイも車窓から見せてもらった。美味しいお鮨をご馳走になり、SOHOでDJによるミュージックショーも経験することが出来た。翌朝午前5時ホテルのロビーに集合して、バスでJFK空港へと向かい、23時間遅れでニューヨーク発成田行きのJAL便は出発した。この時の機長による丁寧なアナウンスも忘れることが出来ない誠意あるものだった。客室乗務員の皆さんも大変親切だったのが印象的だった。

【帰国後、検査漬け】(2004年7月)
帰国後、すぐに病院に行って腹部~骨盤CT造影検査・胸部レントゲン検査・血液検査を受けた結果、全て異常なし。その頃、入院していた父の容体があまり良くなくて、毎日病院に看病に通った。

【直ぐに日本に戻ろうと10月にブラジルに帰ることにする】
父の容体が一進一退だったその頃、サンパウロでも解決事項を抱えていたため、一旦帰ることに決めた。12月中に日本に戻ることにし、ブラジル行きの飛行機に飛び乗った。病床の父には「直ぐに帰ってきますからね、元気でいてね~」と冷たい手を握って別れた。これが永遠の別れになるなどと思いもしなかった。

【父が亡くなる】(2004年11月29日)
サンパウロはその日、快晴だった。小鳥のピヨピヨという可愛い声が庭園から聞こえてきた。「ああ、平和だなあ~」などと思っていると、当時フランス在住だった兄から「どうもお父さんの容体が急変したようだ」と告げられる。第一報から3度目くらいの電話で父が息を引き取ったことを告げられる。そのショックは計り知れない。父の看病に本腰を入れるためにブラジルの用事を済ませに来たのに、勝手に旅立ってしまうなんて…。翌朝朝1番で旅行代理店に行き、日本行きのフライトを一番早い便に変更してもらい緊急帰国する。12月3日お通夜、4日葬儀とあっという間に父と別れを告げた。翌5日は、私の誕生日だった。

【2度目の精密検査】(2004年12月)
1度目と同じ腹部~骨盤CT造影検査・血液検査・レントゲン検査に加えて、大腸内視鏡検査を受け、ポリープを切除したものの、良性腫瘍と診断され安堵する。
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私自身にとって波乱万丈の2004年を過ごし、2005年以降発症から5年目の2009年春まで全ての精密検査をクリアし、担当医から「規定で言えばこれ以上の(癌の)精密検査は受けなくて結構です。但し、1年に一度の健康診断だけは欠かさず受けるように!」と厳命され、長い癌との闘いから解放されました。

「進行癌かもしれない」と言われながらも比較的早期で発見されたものだったので、その後の後遺症を克服しながらもこうして日々元気でいられるのかもしれません。この間、たくさん私と同じ病と闘って、天国に召された方も多くおられました。今や癌は二人に一人が罹り、三人に一人は命を落とす深刻な病です。食べ物の欧米化、家系によるもの、病歴、ストレス、生活環境の変化、どれが原因かは分かりかねますが、病気の克服には『早期発見・早期治療』を置いて他にはないのではないでしょうか。自覚症状がないうちに見つかった癌の方が治癒率が高いと聞きます。私自身も、自覚症状が全くないまま「直腸癌」と言われました。

麻央さんも、恐らく日本最先端の医療技術と優秀な医師団と共に病気と闘っておられることと思いますが、どうか治療が功を奏し、一日も早く可愛いお子さんたちの元へ元気で帰ることが出来ますように、と祈るばかりです。何より、マスコミの行き過ぎた取材は本当に控えて静かに見守って頂けたらと願います。「祈り」の力は大きな応援となると思うのです。私がこうして元気でいられるのはたくさんの方々の祈りのお蔭と思っています。長々と書きましたが、人それぞれの病気との戦い方があるので、静かに見守り回復を信じようと思います。海老蔵さんの為に、小さなお子さんたちのためにも…。もう一度元癌患者からのお願いがあります。

一年に一度は必ず定期健診を受けてください!


by beijaflorspbr | 2016-06-09 23:24 | 癌と闘う
2016年 04月 13日

12年目の手術記念日に・・・

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毎日のようにここにお寄り頂いている皆さま、私ども日本に帰国をして約3週間が経ちましたが、日々大変慌ただしく過ごしており、時にはブログをお休みしてしまうこともあることをお許しください。特に、4月8日からは、急な用事で東京・横浜・千葉を走り回り、その後姫路へ行ったり、大阪市内での仲間内のオフ会に参加した翌日には、身内のお誕生祝の準備に追われていました。年齢的なこともあり、かなり疲れ気味です。夜にならないとなかなか自分の時間が取れないのですが、その夜になるとパソコンを開ける気力も残っていないというありさまがずっと続いていました。傍で見ている子どもたちは、ハラハラしっぱなしで、時には怒るように「もう寝なさいよ、早くベッドに入ってよ、お願いだから。。。」と懇願までされる始末です。それもこれも皆、12年前に大病を克服したということに気付かされます。

12年前の今日、2004年4月13日に私は某総合病院で「直腸癌」との診断を受け、開腹手術を受けた手術記念日です。3時間に渡る手術は成功し、他臓器への転移もなく、九死に一生を得て現在に至っています。本当はこんな大病をしたのだし、無理をしてはいけないのかもしれませんが、あれからずっと前のめりの忙しい人生を送ってきたように思います。あの2004年にもう来年の桜は見られないのかもしれない、と思った絶望感は今でもしっかり頭に焼き付いています。今忙しくても充実した日々を送らせて頂けるのも、皆生きているからこそ。桜の季節を見る度に、何となく複雑な思いになる私です。明日からはまた元気にブログに復帰します。いつも応援ありがとうございます。日本での残りの日々を大切に過ごしていこうと思っています。今回は、初の〇〇も経験できるので、楽しみなんですよ~~~♪


by beijaflorspbr | 2016-04-13 21:49 | 癌と闘う
2015年 11月 21日

今年の健康診断も無事終了!!

今回帰国した大きな理由の一つが、1年に1度の人間ドックでした。この病院の検診はいつも大変混み合うので、サンパウロに居る時からネットで予約をしておきました。10月10日に帰国後、同窓会があるからたくさん食べるだろうなぁ~食べたらタダでは済まないから2週間くらい置かなくては…なんて一生懸命考えて割り出したのがこの日でした。担当医師も優しそうな先生が良いし、産婦人科の担当医も従弟のKちゃんじゃない日にして欲しい、などと案外条件が厳しい(笑)幸い(と言って良いのか)潜血反応はマイナスでセーフ、胃のレントゲンは案の定「慢性胃炎」との診断でした。後は尿酸値が高いのと、善玉コレステロールが高いとのことでした。昨年から「石持ち」になってしまった上ポリープもありますよ、と言われました。全ては10キロ減らすことで改善できるんですよ!と言われましたが、無理です(-"-)
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ほぼヤケクソになって頂いた食券で食べたのはヒレカツでした。検査までは我慢をしていた揚げ物も、心おきなく食べられます。アツアツで美味しいこと!
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自宅に戻ると、パトちゃんが凄く心配して待っていました。我が家の子どもたちは、未だに11年前の私が大病をした時のトラウマが残っているようです。牛乳が余っていたので、即海老やイカを入れたグラタンを作りました。
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二つ目は餃子、野菜をたくさん入れました。1回に10個ずつくらい食べるので、1回に100個は纏めて作るようにしています。
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この日は息子が、デパートから有名なお店のみたらし団子を買ってきてくれました。まだ温かくて美味しかったぁ!美味しいものばかりの日本で「太るな!」と言う方が無理です。サンパウロに帰ってからダイエットしようかなあ~♪
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少々疲れましたが、何よりほぼ異常なしと言われたことが嬉しくて、何となくいつまでも寝付けない夜でした。当たり前に検査をクリアすることって本当に難しいんですよね。今年はこれで終わったので、10キロ痩せて来年また検査にきます。なーんちゃって♪(v^_^)v

by beijaflorspbr | 2015-11-21 12:00 | 癌と闘う