ハチドリのブラジル・サンパウロ(時々日本)日記

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カテゴリ:人生( 128 )


2018年 05月 23日

我々のアイドル爺よ、さようなら・・・

ネットという細い細い糸を手繰り寄せて知り合った我々、グループメンバーは少人数でも、絆はとても深かった。誰かの家族に不幸があると、皆で泣いた。誰かの家族が増えると、皆で喜び祝福の言葉が行き交った。昔は掲示板、今はグループラインやSNSでしっかり繋がっている。そのグループの長老である爺が5月17日に亡くなられていたことが今朝ご本人のfacebookを通して分かった。故人に代わり、息子さんが投稿されたものだった。これはかなりの衝撃だった。と言うのは、我々のグループのメンバーが今年の2月に、当の爺に会いに行っていたからだった。東京・大阪・和歌山・岡山・山口から集まった友達の写真を見て、中心にいる爺がちょっと痩せたな~とは思ったものの、頭もしっかりしていて、昔とちっとも変らずウィットに富んだ楽しい時間を過ごしたことを、仲間から聞いて安堵したものだった。かなり年上なのは意識してはいたが、70歳の古希を皆で盛大に祝った記憶はまだ新しい。それがもう79歳で、先に亡くなられた奥さまの後を追うように天国へと旅立ってしまわれた。何と人の命は儚いことか!!ブログ記事を通して過去ログを辿ってみると、2014年・京都2015年・大阪阿部野橋2016年・大阪梅田等々…何度も何度も会って旧交を温めてきた我々。もうかれこれ20年くらいのお付き合いになるのかな。「私には残された時間があまりない。。。」と書かれた言葉に涙した。爺よ、永遠に!
ありがとうございました。
心からのご冥福をお祈りいたします。
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by beijaflorspbr | 2018-05-23 22:53 | 人生 | Trackback
2018年 04月 23日

日常のささやかな感動

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風邪引き4日目、まだ本調子とはいかず微熱が下がらなかったり、関節が痛むなどの症状は解決していませんが…。前の家の高い生け垣がなくなってから、毎日のようにこんな見事な夕日が見られるようになりました。東側で朝日、西側で夕陽と、何とも贅沢な自然の恵みに感謝する日々です。一日も早く風邪を治して、世のため人のために役立てるよう頑張ります!

by beijaflorspbr | 2018-04-23 21:44 | 人生 | Trackback
2018年 03月 08日

最悪は最善に通ず!?

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まるで育児日記のようになってしまっている当ブログ、でも日々の生活に育児補佐が中心を占める現在、育児の記事が中心になるのはやむを得ないかもしれない。いつも読みに来てくださっている方には本当に申し訳ないと思っている。昨日は不快なことがいくつかあり、最悪の日だった。人さまから見ればどうでも良いことかもしれないが、図々しく記録に残しておこう。

・・・・・・・・・・・・・・・・(以下あまり楽しい話題ではありませんので、読みたくないかたはスルーしてください)


①娘のアパートのポルテイロ(門番)に、「あなたは毎日のように来ているが、お掃除人?それとも女中さん?と聞かれたこと。
②娘とちょっとした諍いをして12時にお弁当持参で行ったばかりのに、午後2時半に「もう帰れば?」と言われてカチンときたこと。育児なんて簡単ではないし、誰しもが疲れているのは分かるが、母親にストレスをぶつけることはないんじゃないかな?結局、私が赤ん坊を寝かしつけ、母親である娘に1時間半ほど休息を取らせることが出来た。お風呂に入れて任務終了。
③夕方の5時、帰る時間になっていきなり大雨が降ってきた。日本で言うゲリラ豪雨というやつ。私がバスに乗る道路は、急坂の下の方(サンパウロは坂の街)川のように流れてくる雨水に膝下まで浸かってずぶ濡れになって何とかバスに乗車。幸い席を譲ってもらい、座ることが出来たのはラッキーだったが、次々に乗車してくる人の傘から雨水が頭から降ってきて、今度は頭から全身ずぶ濡れに。。。それほどひどい雨だった。それはまだ由としよう。
④夫に家の近くまで車で迎えに出てもらうのだが、この日に限って「10分以上待った」なんて嫌味を言われてしまったこと。「迎えに来て」の電話をしたのはほんの7-8分前なのに、矛盾しているよ。いつも何も言わない人なのに、その日に限ってそんなことを言われて腹が立った。本人は「冗談だよ」と言っているが、こんな日の冗談は絶対に止めてほしい。
・・・・・・・・・・・・・・・
それでも今日も同じ家で生活し、同じ場所に行かなくてはならない。赤ちゃんがひたすら純粋で可愛いから救われるが、そんなことがないと自分の存在感すら危うい感じだ。自分は何のために生きているんだろう?誰のために生きているんだろう?なんて絶望を抱えながら疲れもあって眠りに就いた。波乱万丈の人生だもの、これぐらいのことでへこたれてはいけないんだろうな。生きていれば良いことばかりではない、悪いことがこうして一気に(一日で?)自分に降りかかってくれた方が良いかもね。なんていうところに落ち着いた。眠りに就いたのは午後9時半、起きたのは午前7時、ああよく寝た。愚痴をこぼしてちょっとすっきりしました。昨日までのことはリセットして、今日も頑張ります。あれ?頭がちゃんとリセットされているわ。。。


by beijaflorspbr | 2018-03-08 21:19 | 人生 | Trackback
2018年 02月 06日

アナウンサーの急死に思うこと(独り言)

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元フジテレビのアナウンサー有賀さつきさんが1月末に亡くなられていたことが分かった、というニュースを受け、少なからずショックを隠し切れなかった。私が有賀さんと面識があると言うわけではないが、同じ闘病経験者としての意見を少しだけ述べたい。有賀さんの死を知った時の、フジテレビ及び元同僚が一様に驚きを隠せなかったのは、「本人から病気のことを何も知らされていなかった」という事実。実のお父さまにまで病気を隠していたそうで、本当に驚いてしまった。彼女自身は、厳しいマスコミの世界に身を置きながらも、私生活では結婚・出産・離婚後シングルマザーの子育てを経験し、そのうえ闘病・介護が降りかかってきたそうだ。ちょうど14年前の私の状態にちょっと似ているかもしれない。私は離婚こそしていないが、その当時両親とも体が弱くて、ブラジル⇔日本とを介護のため何度も何度も行き来していた時期があったからだ。ほとほと疲れ果てて「ちょっと入院でもして休みたいな~」などと思った途端に「直腸癌」宣告を受け20日間の入院・手術を経験することになってしまった。それが51歳の時だった。それからの長かった闘病生活や心の迷いについては、このブログ上の「癌と闘う」というカテゴリに何度も書き周りの人たちに健康診断の大切さを訴えてきた。何が言いたいのかというと、私の場合は、私を知る人全てに自身の病状を出来るだけ細かく話し「出来れば私のために祈って欲しい」と図々しくお願いしまくった。つまり一人で祈るのではなく、周りの皆を巻き込んで一緒に病気と闘ってもらう道を選択した。有賀さんの場合はどうだろう?誰も彼女の病気を察してはいたものの、具合が悪いことを聞いていなかったという人ばかりだった。私がもし有賀さんの友達だったら、有賀さんが無言で天国に旅立ってしまったことに対してきっと激怒することだろう。何故祈らせてくれなかったの?何故悩みを打ち明けてくれなかったの?水臭いよ…取り縋って泣くだろう。15歳の娘さんが遺されたそうだが、その将来も心配だ。人の何倍も幸せになって欲しいなどとふと思ってしまった。孤軍奮闘は良いが、皆を巻き込むことも大切だよ、と今は亡き有賀さんに教えてあげたかった・・・今は痛みや苦しみから解放されて楽になられたことだろう。有賀さんのご冥福をお祈りいたします。

by beijaflorspbr | 2018-02-06 18:00 | 人生 | Trackback
2017年 11月 21日

長年のご縁に感謝!

恒例の日本全国ツァーを始めており、ブログどころかネットに繋ぐのはGoogle先生とLineちゃんばかりと言う日々が続いています。月曜日は大阪スタートで東京へ、同日午後に高岡へ、翌朝高岡から高崎、高崎から東京へ戻り、明日は東京から新神戸乗り換えで岡山、倉敷に住む友人のところへ行く予定にしています。今回は日程の都合で、大好きな従姉妹の温泉も断念し、新幹線で移動できる場所を優先することにしました。今夜は東京の友人ご家族と共に、美味しいお刺身とお鍋を頂きました。ブラジル駐在が長く、ブラジル通なので色々な話で盛り上がりました。今回は、札幌も富山も東京も忙しい人ばかりで、「泊まって行って、じゃないとゆっくり話せないから」ということで、お言葉に甘えさせて頂きました。日本最後の日々を駆け抜けています。幸い体調はすこぶる良いので、風邪を引かないよう、このまま突っ走ります!写真はデジカメで撮っていますので、想い出と共にアップするのを、楽しみにしています。

by beijaflorspbr | 2017-11-21 23:59 | 人生 | Trackback
2017年 11月 13日

命を繋ぐということ

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久しぶりに再会した友5人で楽しいランチ会をした。前菜・メインと流れるようなサービスを受け、ほんの少量のアルコールの入った我々は饒舌になっていたかもしれない。話が弾むうちに、「亡くなった・・・」というフレーズが耳に入る。「誰が?」「実はね、うちの主人なの。今からちょうど一年前のこんな時期に突然旅立ってしまったの」その前に、私は不用意な発言をしてしまった。「もしも夫が亡くなったら、あの家を売って日本に帰り悠々自適な生活を送りたい、それが私の夢!」と。夫を亡くした人の前で言うことではなかった。いつもはつっけんどんに言っていても、どれほど夫の存在に頼り切って感謝していることか。そんな大黒柱を失ってしまった友の哀しみは如何ばかりだったことだろう。皆とは最後まで笑顔でいたけれど、別れたあと、梅田の商業施設の最上階の庭園に昇り、沈む夕陽をじっと見ているうちに涙がこぼれてきて困ってしまった。「ここは夫と一緒に良く来たのよね・・・」そんな言葉を思い出した。友はもう二度と「夫」と一緒に歩くことはないだろう。永遠の別れをした友を想い、ただただその場で泣いた。。。知らなかったとはいえ、一言のお悔やみも励ましの言葉も言えずに今日まで来てしまったことに腹立たしい思いさえした。夕日が沈み、真っ暗になってしまった空を見上げて、そうか・・・大切な人を失うと言うことはこういうことなのだ。思い出は残っても、二人で共有することが二度とできなくなるんだ。声を聴くことも姿を追うことも相談することも頼ることすらできない悲しみを一生背負って行かねばならないのだ。そう思えたのは友のお蔭かもしれない。今目の前にあるものを大切にしないといけない、と教えられたような気がした。別れは辛く悲しいことだが、遺された家族は生き続けなくてはならない。きっぱりと前だけを見つめている友は逞しくて神々しかった。Aちゃん、遅ればせながら、心からお悔やみを申し上げます。合掌
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by beijaflorspbr | 2017-11-13 22:40 | 人生 | Trackback
2017年 08月 07日

シッセラの人生

言葉も生活習慣も分からないまま日本からブラジルに嫁いできた私は、家族の手厚いサポートを受けたのはもちろんですが、一番身近な存在で、日常生活を何かと手助けしてくれたのが歴代のEmpregada=お手伝いさんたちでした。その数多いお手伝いさんの中でもピカイチだったのはシッセラという名前のブラジル人の女の子でした。30年以上も前に、まだティーンエイジャーだった彼女にバトントワリングを教えていたのが縁で知り合いました。その後家庭の事情で、高校に行きながら働かないといけないから働き口を紹介して欲しいと相談された時、一も二もなく「家に来れば?高校に行きながら子どもたちの面倒と家事手伝いを出来るだけしてくれたら良いから」という条件で我が家に住み込みで入ってもらいました。高校の授業料や交通費、月々のお小遣いなどの必要経費は全て我が家が負担しました。シッセラは一生懸命勉強しながら私立の商業高校に合格、午前中の早い時間からお昼まで学校に行き、帰宅後は一生懸命家事や子守りをしてくれました。高校卒業と同時に、夫が身元引受人となり、大手デパート(現在は倒産)の正社員として働き始めました。その後縁を得て、ある男性と知り合い結婚しました。サンパウロ郊外の自宅で行われた結婚式には、我々も仲人として参加し、幸せそうで可愛らしいシッセラの姿を目を細めて見守ったものでした。シッセラは、当初まるで実家に帰ってくるように頻繁に我が家を訪ねてきました。その後2人の女の子にも恵まれ、昔我が家で覚えた数々の料理の腕を使って、フードトラックを始めました。近くに大きな工場があり、固定客も付き商売は大成功しました。とはいえ、つつましく堅実な暮らしをしながら自宅を購入し、子どもたちに高等教育を受けさせました。特に下の娘は美しく生まれたこともあり、モデルやミュージカル女優へと進む道を選択、忙しい中でも夢ある幸せな生活をしていました。2年前に夫のSが直腸癌に罹り、壮絶な闘病生活をずっと支えましたが、先月残念ながら亡くなってしまいました。
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(お土産①パウミット=ヤシの芽とチーズのタルト)
ここ数年間、商売の忙しさ、夫の闘病生活、子どもの送り迎えなどで多忙を極め、なかなか我が家に来られなかった彼女が、娘のパトちゃんが日本から帰って来ていることもあり、昨日久しぶりに我が家を訪ねて来てくれました。夫を見送ったシッセラは、少し寂しそうな表情の中にも安堵の表情が見られ、ホッとしました。「治療もありとあらゆることを尽くしたけど、残念ながらダメだった・・・」と話してくれた時は、悔しさを滲ませ涙していました。良く頑張った彼女をしっかりと受け止め、労ってあげました。パスタの昼食を挟んで3時間ほど滞在したシッセラの表情は実に晴れやかでした。
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(お土産②イチゴのタルト)
隣に座って、ゆっくりじっくり彼女の話を聞いてあげました。シッセラの綺麗な目が特に印象的で、改めてまだブラジルの生活に慣れていない時に、この心優しい人にたくさん支えてもらったんだなあ~と感謝の気持ちが沸いてきました。5年以上も寝食を共にしたシッセラとのご縁はずっとこれからも切れないことでしょう。今でも朝8時から夜8時までフードトラックで一生懸命仕事を続けている彼女、これからも頑張ってね。人と人のご縁を深く感じた週末のひと時は大変幸せな時間でした。ありがとう、シッセラ!!
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by beijaflorspbr | 2017-08-07 21:39 | 人生 | Trackback
2017年 07月 03日

うーん、こんな日もあるのか!?(謎の投稿)

幸せイッパイの仙台・山形同窓会の帰りの写真を使わせてもらいますが、心ここにあらず…。膨大な画像処理をし、一日中その作業に没頭していました。そんなところに飛び込んできたサプライズニュースに大変動揺しています。
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今すぐどうこうということはないにしても、将来どうなるのかなあ?と不安でいっぱい・・・。
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私自身はとても元気なのですがねえ。。。はぁ~(-_-;)(-_-;)(-_-;)意味不明な投稿で申し訳ございません。私の友人たち、あまり気にしないでね!とだけ言っておこうか。


by beijaflorspbr | 2017-07-03 22:10 | 人生 | Trackback
2017年 06月 11日

優しさに満ちた時間@京都

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あの頃の私は若さに満ち溢れていた
やる気満々の私と、その気迫に押され気味で消極的な教え子との間に
しばしば軋轢が起こったのも事実だ
たった3年と少ししか彼女たちと関わらなかったけれど
それは忘れられないかけがえのない時間だった
あの頃の自分はキラキラと輝きに満ちていた
細い糸を手繰り寄せるようにして
知りあって知り合った教え子との何十年を経た再会はまた格別だ
今週から京都に始まり、九州で旧交を温める旅に出る
愛しい教え子よ、忙しい中時間を作ってくれてありがとう
共に過ぎ去った時間を思い起こしただけでも
泣けてしまう自分がそこにいる
短い期間だったが、全身全霊を賭けた日々…
ああ、あの強かった先生はすっかり泣き虫に変身してしまった
どれほどの思いを教え子たちに伝えたとしても
ちゃんと表現できるかどうか自信がない
でも一つだけ言えることがある
それはあなたたちのことを誰よりも大切に思い
幸せになって欲しいと願っているということ
その確かな姿を確認できた時
初めてあなたと共に私自身も幸福感を共有できるのだと思う

ありがとう!今までもこれからも
2017年6月11日京都にて・・・

*いつも当ブログにいらして頂き、ありがとうございます。ずっと家で術後の療養生活を送っておりましたが、意を決して今週から外に出て行くことにいたしました。先日の哀しかった教え子の訃報に接してからというもの、やはり多少無理をしてでも昔の教え子には会っておきたいという願望が強くなっています。それを片っ端から実行に移すにはある程度纏まった費用と時間がかかるため、地域に分けて少しずつ会えるようにしたいと思っています。まずは九州から…。再会が楽しみです!


by beijaflorspbr | 2017-06-11 23:39 | 人生 | Trackback
2017年 05月 31日

教え子の訃報

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5月31日は特別な日だった。私の人生にとって、とても大切な方の命日だからだ。ずっとSさんへの感謝の気持ちを込めて手を合わせていたその時、突然九州在住の教え子から悲しい知らせが届いた。それは掛け替えのない私の最初の教え子の訃報だった。2年半前に病を得て、容体が思わしくないと聞いたのが先週のこと、それなのに祈る暇もなく突然亡くなっただなんて…。本当にそんなのは勘弁してほしい。彼女たちとは青春を一緒に駆け抜けてきた思い出がたくさんある。辛い時や悲しい時は一緒に涙を流したし、嬉しい時だってやっぱり泣いた。今でもある全国大会でグランプリを勝ち取った時のこぼれるような青春時代の貴重な顔を鮮明に思い浮かべることが出来る。悲しい朝だ・・・・・・。でも今日もリハビリと病院の診察がある。さあ、気持ちを切り替えて出かけてこよう。こんな時はいつも思う。会いたい人には会える時に会っておこう、多少無理をしてでも、そうしなくては…。ITさんの59年の輝かしい人生に心からの敬意を表して。故郷で静かにお眠りください。合掌

by beijaflorspbr | 2017-05-31 10:15 | 人生 | Trackback