ハチドリのブラジル・サンパウロ(時々日本)日記

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カテゴリ:思うこと( 56 )


2019年 02月 05日

海外で暮らすということ・・・(独り言)

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連日、とりとめもない記事ばかりですみません。今日も独り言です。外国にいるといはいえ、我々日本人は何処にいても日本人としてしか生きられないのか、刺激のない毎日の生活を支えてくれるものは、日本のテレビ番組やまだ読んでいない単行本をゆっくり読むことです。音楽はもちろん「嵐」のアルバムですが…。でも音楽を聴きながらPCで文章を書いたりできるほど器用でもないので、テレビを観るか、本を読むか、音楽を聴くかを選ばなければいけません。例えば、家族と電話で話している時も、他のことを並行して出来るほど私は器用ではありません。例えば買い物をするために外に出ようとすると、家とメトロ駅またはバスポントがかなり離れているため、前夜からトリオさんに「予約」を入れて車で送ってもらわないといけない不自由さもあり、だんだん楽しみなはずの買い物も億劫になってきました。今のところ、近所のスーパーとフェイラ(朝市)で何とか生活は成り立っているので、大きな喜びもない代わりに、それなりに安定した日々を送っています。自分の唯一の長所が「お料理好き」ということなのに、先週からガスが壊れて使えなくなってしまいました。我が家はプロパンガスなので、プロパンとガス台を繋ぐラインがどうやら故障したようです。この大型のプロパンガス4基で家中にガスを供給するシステムなので、1か所が壊れると全体が使えなくなってしまいます。何と我が家には4台のガス台(6口)があるのにも関わらず…。今のところ何とかポータブルIH調理器と電子レンジと魚用ロースターで調理をしていますが、何か物足りない。例えばじっくり餡子を煮たり、蒸かし鍋を使ってお赤飯を作ったり、揚げ物をしたりという作業も今は出来ません。今週漸く修理をする人が来てくれるので、ストレスが軽減されるかな?と期待しています。家も30年経つと、設備も外観も老朽化は免れません。一軒家は住むには気楽な反面、メンテナンスの大変さを嫌というほど味わっています。昨年は洗濯機・冷蔵庫・乾燥機の修理をし、今年はガスだけで済むのかな?酷い雨が降ると、雨漏りも心配になってきます。瓦が風で吹き飛ばされて、ちょっとずれても雨漏りします。それに怖いのが横風を受けて雨が家の中に入り込むことです。我が家の扉は全部職人さんの手作りなので、どうしても隙間が開いて来ています。でももうここまで来たら、何かを新しくするという気持ちも起こらないので、このままひっそり何も壊さずいじらず、静かに暮らそうねと誓い合いました。ブラジルの景気が回復して、私の住む大き目の家もポーンと簡単に売れる時代が来ると良いのですが…。今日は暗い話題てすみません。でも良いニュースが一つだけあります。それは、猛暑が続いていましたが、昨日から雨が降り出して、少し涼しくなりました。バンザイ~(^O^)/では「予約車」で行ってまいります(笑)今週から毬ちゃん誕生会プロジェクトがスタートしています~♪


by beijaflorspbr | 2019-02-05 20:28 | 思うこと
2019年 02月 03日

ブラジル全土が猛暑に!!!

ブラジルではここのところ連日酷暑が続いております。ミナス州Brumadinhoで起きたダム決壊事故は、現在死者110名、行方不明者238名を出し、捜索も難航中です。猛暑の中、消防隊員やボランティアの方々の体調が心配な今日この頃です。こちらのブログでは取り上げませんが、時事にご興味のある方は「ブラジル・ミナスジェライス州ブルマジンニョ・ダム決壊」などで検索をされたら記事がたくさん表示されるかと思います。さて、私の愚痴を続けます。我が家は高台に位置し(自慢している訳ではありません)気温が3℃くらい低いはずなのに、今年はずっと寝苦しい夜が続いています。一昨日は、うっかり内側のガラス窓を開けたまま寝てしまい、朝起きると喉が痛かったので、昨日は窓を閉めて寝たら、もう暑くて暑くてあまりの寝苦しさに目が覚めてしまいました。そしてやっぱり窓を開けると、涼しい風が入ってきて漸く眠ることができました。本当にこんなに暑さが辛い年は珍しいので、戸惑っています。そんな中、この一番暑い時期に満開になるゴールデンシャワーが、今年もたくさんの花を咲かせてくれました。
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綺麗だけど、ずっと外にいたら日差しが強くて頭がおかしくなりそうですので、建物の中で夫婦(とみそくん)それぞれにじーっとする日々です。もうちょっとだけで良いから涼しくなってくれないかなあ。
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と言うわけであまりの暑さにずっ引きこもっていましたが、来週くらいから出る用事もあるので、頑張ります。


by beijaflorspbr | 2019-02-03 22:05 | 思うこと
2019年 01月 27日

人気アイドルグループ【嵐】活動休止の報を受けて(呟き)

朝起きると、普段連絡を取らない高校の同級生からメッセンジャーにメッセージが入っていました。「どうも嵐が来年いっぱいで活動休止するってよ、あなた大丈夫?」と。そして同時にジャニーズファミリークラブの7分54秒に渡る彼らからのビデオ配信で、彼らのメッセージの一言一言を噛み締めるように聴きました。facebookのグループの書き込みも、「ただただショック」信じられない」「何から手を付けて良いか分からない」「どうしよう」などと狼狽えるものばかりでした。
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やや冷静な高齢ファンの私は、リーダー大野智くんの2017年6月から何事にも縛られず自由な生活がしてみたいとの考えをメンバーに伝えたという気持ちが手に取るように分かりました。考えてみると、10代の前半から事務所に所属し、どのような行動をしても何を発言してもマスコミの餌食となって容赦なく誹謗中傷の嵐に晒されてきた彼ら。既に全員が30代後半になり、結婚して子どもがいてもおかしくない年齢にもかかわらず、「アイドル」という重圧が常に彼らの上に圧し掛かり、「可哀想に…一般人ならこんなに叩かれることもないのに…」と何度嘆いたことでしょう。もし我が子がそのような立場になったら、やはりお願い、有名にならなくても良いから普通に幸せになって!と願うはず。いきなりの解散ではなく、2年後の「活動休止」と発表したことに、彼らの誠意を見たような気がしました。相葉雅紀くんは「活動再開したら全力で…」と希望ある発言をしていましたが、私は「それは難しいかも。。。」と感じています。既に15周年のハワイ公演の時に、大野くんは「色々な葛藤があって実は辞めたかった…」と泣きながら挨拶をしていましたが、それこそ人間らしいステキな挨拶だったと今でも忘れることができません。嵐は5人揃って嵐なのだから、一人でも欠けたら活動継続は難しいかもしれません。櫻井翔くんの「嵐を宝箱に閉じ込めたい」は本当に素敵な言葉でグッと心に響きます。彼の口からはしばしば驚くような珠玉の言葉が飛び出します。櫻井翔語録を作って出版してくれたら是非永久保存にしたいくらいです。彼ならあの頭の回転の速さで、これからもいくらでも多方面での活躍の場はあるでしょう。人一倍努力家で明るいムードメーカーの相葉雅紀くんは動物を含め(笑)誰にでも好かれる愛すべき性格から、仕事は山のように来ることでしょう。松本潤くんは舞台演出の他、あのルックスでCMなどにも引っ張りだこでしょう。実は私は松本くんのダンスが大好きなので、ミュージカルなどにも出て欲しいなあと願っています。二宮和也くんは、言わずもがなの確かな演技力でこれからは世界の舞台を目指してくれたら嬉しいです。彼の弾き語りも好きなので、グループの枠に捉われず、これからはソロ活動などにも活躍の場を広げて行ってください。最後にリーダー、大野智くん。私はあなたがいるからこそ嵐のファンになりました。なので、あなたのお気持ちは痛いほど分かります。5人の中でのほんの少しの違和感というようなものも以前から薄々感じていました。おとなしいというのでもなく、ただ単に芸術家肌の人なんだなあと思います。いつもは寡黙で控えめなのに、一旦舞台に立つと瞬時に輝き、安定感のある歌唱力と抜群のダンスセンスで、多くのファンを魅了してきましたね。本当にありがとう。大野智の歌とダンスを知らない方にも、是非知って欲しいです。今はあなたには感謝しかありません。おばあちゃんの私が嵐、特に大野智ファンになったのも、あなたの確かな歌唱力&ダンスに惚れてしまったからです。もう一つ言えば、その控えめな性格や積極的に前に出て行けないところも…。出来れば、活動休止する前に永久保存版のソロも含めたビデオクリップを出して頂けると有難く思います。どんなに高くてもヘソクリをはたいて買います(笑)2020年は東京オリンピックを成功させ、紅白歌合戦のトリを務め、有終の美を飾って、長く語り継がれる伝説のグループであり続けて欲しいと願っています。私が嵐ファンになったきっかけが「ふるさと」という彼らの曲です。誰もが傷付いた東日本大震災のあった悲しい2011年の紅白歌合戦で、櫻井翔くんが被災地から救い出したピアノを弾いて歌ってくれたあの時に、衝撃を受けました。それ以前は嵐メンバーの名前と顔も一致しないくらい無知だったのに…。とにかくこれからあと2年は、ずっとずっと「5人の嵐」を暖かい目で見守ります。まだまだマスコミに追いかけられ、あれやこれや話題になる日々が続くのでしょうが、どうか身体だけは大切にしてくださいね。そして5人がそれぞれご自身で大きな幸せを掴んでください。それがブラジルに住むアラシックばぁばの願いです。

大野智くん、どんなことがあってももう泣いちゃだめだよ。。。最後まで笑っていようねってメンバーに言われたんでしょう?始めがあれば終わりもある、そして終わりは新しい始まりなのだから…。思い切ってこっち(ブラジル・サンパウロ)にでも遊びに来る?環境を大きく変えたらもしかしたら人生観が大きく変わるかも!見えなかったものもたくさん見えてくるかも。ありがとう、『5人』の嵐くんたち。大ちゃん、人生はこれからなんだからね!

【#大野くんの夏休み】
【#今日から嵐ファンで嵐5人をしあわせにしてやるよ】

この二つは最近ファンの間でTwitterのトレンドになっているハッシュタグだそうです。ライブ中に松本潤くんが「幸せになる準備はできてるかぁーーオレら5人で5万人をしあわせにしてやるよ」に答えたファンのせめてもの恩返しなのかもしれませんね。


by beijaflorspbr | 2019-01-27 22:19 | 思うこと | Comments(2)
2019年 01月 24日

子どもは親を選べない

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孫の毬ちゃんの子守り週間も今日でおしまい、甘えて泣きながら抱っこをせがむ孫の姿を見ながら突然涙が溢れる。それはこんな事件を思い出したから…。

『仙台市青葉区で生後1か月の赤ちゃんに十分なミルクを与えず死なせたとして警察は18日、28歳の母親を逮捕した。調べに対し、「お金がなく10日ほどミルクを与えていなかった」』

赤ちゃんが生まれた時は、誰だって嬉しいはず。そして母親は、命に代えても子どもを守ろうとする。一生懸命母乳を与え、おむつを替え、抱っこしてスキンシップをはかる。どんなに眠たくても赤ちゃんが泣いたら目をこすりながら面倒を見る。そうしているうちに溢れんばかりの愛情が芽生えてくるものだと思う。「ミルクを買うお金がない」というのは何処の国の話?周りにたくさんの大人が付いていながら、何故善処できなかったんだろう?以前「おにぎりが食べたい…」ということばを遺して餓死した方がおられた。物に溢れたくさんのまだ食べられる食品が廃棄される豊かな国日本の悲劇だ。被害者が無力の赤ちゃんだった、という今回の事件にただただ胸が痛み、何も出来ない私は泣くしかなかった。ニュースによると、この母子(上の子ども二人は児童相談所預け)は父親と同居していたらしい。父親に少しでも収入があれば生活保護は下りないのだろうか。市役所に相談に行かなかったのだろうか?周りに相談する相手がいなかったのだろうか?上の子ども2人を預けている児相の職員は力になれなかったのだろうか?もし、もしも隣にこんな母子がいたら、私ならどんな形にせよ力になりたいと思う。子育ては大変な作業の繰り返しだ。子どもに対して大変我慢強く寛容な娘でさえ、時にはイライラしていることもある。「もう泣かないでよ!」なんて叫んでいることもある。毬ちゃんが理不尽なお願い事をするからだ。でも私には分かる、毬ちゃんはあの小さな頭で、拙い知恵を絞ってママの愛情を独り占めしようとしているのだから。洗濯も炊事もしないで、私の傍にずっといて抱っこ抱っこ。。。。。。。と。私の通っていた幼児教育系大学の授業で、「子どもはただただ可愛がればいいんです。無条件に可愛がって子どもを育ててください。それが子どもが成長した時の大きな財産となるのですから」その言葉がずっと記憶に残っている。幼い時から子どもが大好きで、近所の子どもたちを集めては遊んでいたあの頃から孫を授かった現代まで。「ただただ可愛がればいいんです」の言葉に支えられて生きてきたような気がする。今は目の前の前の赤ちゃんを大切に育てよう、愛情いっぱいに育てるお手伝いを買って出よう。そう思った夕刻のひと時…。 
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(引き出しという引き出しを開けて中を確認する毬ちゃん、コラコラ…)


by beijaflorspbr | 2019-01-24 18:25 | 思うこと
2018年 12月 31日

2018年大晦日に・・・

2018年も終わろうとしています。今年よく耳にしたのが『平成最後』というキーワードでした。昭和から平成に変わったのがついこの間だった、などと思っている私は立派な高齢者かもしれません。皇太子さまが天皇になられる来年から30年後は、果たしてどんな世界になっていることでしょう。まあかなり高い確率で30年後私はこの世に存在していないと思います。我が家は決して長寿の家系ではないので、96歳まで生きることは到底無理ででしょう。さて、2018年最後の日に私自身の今年一年の喜怒哀楽を振り返ってみたいと思います。
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【喜】
何と言っても2月に初孫の毬ちゃんが生まれたことです。産まれて以来、約8か月間定期的に赤ちゃんの面倒を見させてもらい、体力的にはきつかったものの、すぐ傍で成長の足跡がみられたことは大変幸せな時間でした。10か月半経った今、キャッキャッと声を出して笑い、益々周りを明るく照らしてくれています。ありがとう毬ちゃん~♪そしてもう一つは、10月中旬から1か月半、日本に帰国できたことです。日本で過ごした日々は夢のようでもあり、久しぶりに会ったお友達との旧交も存分に温めることが出来ました。この年になって自分の役割は「人と人とを繋ぐ」のが使命だと感じています。次はいつ帰国できるか分かりませんが、その日を楽しみに体力を温存し、貯金に励もうとおもいます。
【怒】
自然災害とはいえ、度重なる地震や豪雨被害には心を傷めました。その時その時で義援金などをしてきましたが、私の小さな力など、到底何の役にも立たないと思うと空しい気持ちになってしまいました。それと・・・幼児虐待が続いたこと。目の前に授かった赤ちゃんを見ながら、それは何度も思いました。赤ちゃんや幼児は自分を取り繕うことが出来ません。そのままを受け入れ優しく包み込む必要がある無力の子どもに対して虐待など考えられません。このような悲しい事件が二度と起こらない優しい社会を望みます。日本は物に溢れた幸せな国ですが、心を病んでいる人も多いような気がします。社会のあちこちで起こる小さな諍いはストレスのはけ口となっているかもしれませんが、自分が幸せで安全な国に暮らせていることを、もっと認識し感謝すべきと思います。
【哀】
たくさんの友人や知人や同級生、そして可愛い教え子までが次々と旅立ってしまいました。永遠の別れはもう二度と会えないことです。今年は逢いたい人には無理をしてでも会いに行くを実行に移せたかと思います。それに、最近とても涙もろくなっている自分を感じています。涙脆いということは感情の起伏が激しいということかもしれません。
【楽】
楽しい想い出は数限りなくありました。その都度このブログで書かせて頂きました。まだまだ大きな夢は捨てきれず持っていますが、それもまた「夢」であるからこそ良いのかもしれません。

こんな拙いおばあちゃんの呟きと、拙い写真をいつも見て、温かいコメントを入れてくださる皆さまに、心からありがとうございます!来年はどんな年になるか分かりませんが、希望を捨てずに前向きに身を守りつつ日々の生活を送りたいと思います。2018年に感謝!!

ありがとうございました!良いお年をお迎えください。


by beijaflorspbr | 2018-12-31 21:00 | 思うこと
2018年 11月 18日

疲弊しきっている大阪の店員さんたち

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インバウンドと叫ばれて何年が経つのだろうか?今大阪・心斎橋、難波周辺はある国の方々に完全に占領されているようにみえる。彼らは場所を選ばず、大声を張り上げ、ルールをちゃんと守れない人たちのようだ。狭いアーケード街をスーツケースを引きながら塞ぐように広がって歩くので、なかなか追い越すことが出来ず、ただ歩くだけなのに困難を極める。昔はこんなんじゃなかったのに…と電車で隣り合わせたおばあちゃんは嘆いていた。ここでは自撮り棒があちこちからニョキニョキ出ていて本当に危ない。
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歩きながら思った、何故か最近店員さんたちの応対がぞんざいだなあ、と。こちらが日本語を話すとちょっとホッとした目をする。そんな空気感には海外在住者なので敏感だ。きっと店員さん側のキャパシティーがパンク寸前で全く余裕がなくなっているのかもしれない。珍しく私が「りくろーおじさんのチーズケーキ屋 」で並んでいた時のこと、前のC国人のご婦人が「計算が間違っている」と身振り手振りで主張をする。でも店員さんも一生懸命身振り手振り、紙にも書いて説明して、10分ほどすったもんだしてやっとお金が足りないということが分かったようだ。ヤレヤレ…やっと私の番が回って来た時は、信じられないほど長蛇の列になってしまった。こんなことを毎日繰り返したら疲弊するのも無理ないな、と思った。インバウンドで儲けるのも良いけれど、人と人との触れ合いのない優しくない社会は嫌だなと思った。きっと皆疲れているんだろうね。。。。。。


by beijaflorspbr | 2018-11-18 18:00 | 思うこと | Comments(2)
2018年 09月 21日

大切な身分証明書紛失顛末記

ブラジルで暮らし始めてもうすぐ42年になろうとする私ですが、昨日は肝を冷やす出来事がありました。我が家のメインバンクから、私の個人情報の更新手続きを至急するように、とのお知らせが来ました。ご存知かどうかは分かりませんが、ブラジルは書類関係に大変厳格な国なので、リストに書いてある通り①身分証明書(オリジナル)②CPF(納税番号)③自宅の公共料金の領収書④銀行のキャッシュカード④世帯主の給与証明書などを淡々と揃えていきました。
「身分証明書(外国人用のIdentidade)はママが持っているよね?」
「うん、もちろん!パスポートに挟んである」※ブラジルから海外に旅行する時は、身分証明書のオリジナルのみ通用。
と答えていつもの鍵のかかる秘密の引き出しにある大切なパスポートを開けてみると…そこにちゃんとしまわれているはずの身分証明書が何と!見つかりません。どうでもいいJALのマイレージの赤いカードはちゃんと入っているのに、肝心のRNE(身分証明書)が見当たりません。
「ああそうか、、、〇〇〇(娘)が新しいアパートを借りた時、提出したね」(親が保証人になったため)
と言うわけで、娘が使った後私に返していないんじゃないか?ということに落ち着きました。見つからないオリジナルカードの代わりとして、銀行へは公証役場(Cartorio)で取得した、認証付きコピーを用意。本当はオリジナルでなくてはいけないのに、通るかな?と思ったらそれでOKでした。でももし身分証明書が本当に見つからなかったら一大事です。再発行をするにも、時間とお金と大きな手間がかかりますし、何より1か月後に日本に行く予定なのに、それも怪しくなってきました。銀行から娘宅へとバス移動する時に、一生懸命以前の記憶を掘り起こして行きました。どこにやったのかなあ?・・・ふと思い出しました。あれは3か月前、娘と一緒に公証役場に行き、自分自身の身分証明書を提示したことを。その後失くさないでね、と娘からちゃんと返してもらったこと、私がスリングで赤ちゃんを抱っこしていたため、娘が「ここに入れておくね!」とちゃんとしまってくれたことなどを次々に思い出しました。
「あ、そうだ!!(いつも持ち歩いている)手帳に挟んだんだ!!!」
それからはもうもどかしくてもどかしくて早く手帳を開いてみたい衝動に駆られました。メトロの駅からほぼ小走りで娘宅に着くと、荷物を投げ出すように置くと同時に手帳を手に取りパラパラ、じゃなくバサバサと探しました。
「あった!あったあった!!!」
直ぐにトリオさんに電話し、見つかったことを即報告。多分見つからなかった時のことを考えて、再発行の手順まで考えてくれていたと思います。どうやったら早く取得できるか、誰に頼んだら良いのか?等々…。
「良かったねえ、見つかって。でもきっと見つかると思っていたよ」
とも言ってくれました。
これはもう二度と失くしてはならないと肝に銘じました。私は過去に2人くらい身分証明書を失くしたという方を知っています。その時の手続きの煩雑さ、しかも失くした方が帰国してしまったために、余計大変だったこと。代理人が出頭するわけには行かず、わざわざ本人が高い航空運賃を支払ってブラジルまで取りに来られたことなどを思い出していました。たかが身分証明書、でもされど身分証明書。ブラジルにお住まいの皆さま、私を反面教師として、どうか身分証明書や納税証明書などの書類管理には細心のご注意をなさってください。因みに夫のトリオさんの書類管理は完璧でした!お見事!!!ハラハラドキドキの一日でしたが、とにかく見つかって良かった。と思ったら眠たくなってしまいました。はぁ~疲れた・・・・・・・。
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by beijaflorspbr | 2018-09-21 23:38 | 思うこと
2018年 09月 19日

白髪VS黒髪(駄)

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昨日は朝早い路線バスでサンパウロ市中心街まで行きました。先週末のこと、ずっと白髪だらけの気になっていた髪の毛を、娘がわざわざ染めに来てくれました。本当は9か月ぶりに美容院に行ってカットとカラーをお願いしたかったのですが、何しろ時間がなくてなかなかそれも実現しません。すると、何が起こったか…。案の定誰も席を譲ってくれません(笑)髪を染めただけでそこそこ若く見えるのかも!ふふ、やっぱりね…。小さな実験は見事大成功。これで満足するのが高齢者の証!私はいつもバスの中で読書をするのですが、昨日は大型バス(ついでに言えばエアコン付き)で走行が安定していたのもあり、立ったままずっと本を読んでいました。そろそろ1冊の本が読み終わる頃に、直ぐ後ろの席が空いて座ることが出来ました。その間20分くらいだったのかな?本を読みながら「うーん、高齢者というのはやはり見た目なのかもしれないなあ。。。」などとあらすじとは全く違うことをうわの空で考えていましたっけ。髪の毛を染めないで白髪を貫き通すのが、最近中高年女性の間で話題になっていますが、私はもう少しだけ髪を染めて、見た目だけでも若々しくいようかなと思いました。日本の行きつけの美容院で「私染めるの止めちゃおうかな?」というと「髪の毛には良いかもしれませんが、老けますよー」と言われたのも気になっています。バスは揺れるので、座れるに越したことはないけれど、座れなくてもOK.いつまで立っていても平気でいられる元気な高齢者でいたいな、と思いました。今日も一日毬ちゃんにたくさんの愛情をかけてあげましょう、頑張ります!

★最近の毬ちゃんメモ…バックハイハイは相変わらずも、うつ伏せ→バックハイハイ→お座り→バックハイハイと進歩。スゴイスゴイ!!そしてこちらが童謡を歌うと、「アーアー」と一緒に声を挙げるようになりました。まさに可愛い盛り!?


by beijaflorspbr | 2018-09-19 19:48 | 思うこと
2018年 09月 09日

週末は独り言

高校時代全寮制の学校に入っていた私には楽しみがいくつかありました。ひとつは「外出日」いくらかのお小遣い(親が預かり金として個人口座にプールしてあるお金)を手に、街に出られるのは月1回だけ。学校に隣接した寮は守られた山の中にあったので、外出日の前夜はもう嬉しくて楽しみで眠れないほどでした。もちろん外出可能な時間も決められており、門限を破ったら翌月は外出禁止という厳しい掟がありました。いつか何かの事故のせいで電車が動かなくなって門限に遅れそうになった時、寮までの急な登坂を全速力で駆け上がった記憶があります。あの時は苦しかった、でも若かった!それと、(今思えば)面白い決まりで、男子寮と女子寮の外出日が異なること。同じ日の外出日にしてしまうと、人の目を盗んでデートしたりしますもんね(笑)当時男女交際禁止でしたから。それでもあの当時から上手に付き合って同級生同士で結婚した人も何人かいました。私はその時代は本当に晩生で、そちら方面は全然興味がありませんでしたねえ。憧れの先輩やちょっと気になる同級生って、普通いませんか?(^◇^)私は目の前の暮らしに忙しくて、無我夢中の3年間を過ごしました。その時の同級生とは半世紀経った今でも2年に一度は、全国規模の同窓会を催していますし、関西地方や関東地方ごとの集まりの他、グループで小旅行を計画したりしてずっと仲良くしています。やはり同じ釜の飯を食べた仲は、独特の絆で結ばれているような気がします。外出日と同じくらい楽しみだったのが「ノーベルディー」つまり、起床時間がいつもなら午前6時と決められているのに、その日だけは一切決められておらず、何時に起きても良い日というのもありました。昨日寝る前にちょっと疲れを感じて「明日はノーベルディー」にしたいな~などと高校時代のことをふと思い出しておりました。本当はもう誰に遠慮することなくいくらでも寝ても良いものの、夫婦と言えども共同生活のようなものですので、やはり決められた時間に起きなければ心配するだろうなあと思い、目覚ましをかけました。明け方、駐車場を探す夢を見て焦って目覚めると午前6時半。な~んのことはない、いつもの時間にやっぱり目が覚めてしまうのは高齢者の証。怖い夢を見ようが、寝不足をしようがいつもちゃんと目覚めるのは有難いことなのかもしれません。
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(鯛のお刺身、今ブラジルは寒いので魚の身が締まっていて魚が美味しい時期)

朝起きると、全米OPテニスの大坂なおみ選手優勝の第一報が!!いや~めでたい。彼女はアメリカと日本の二重国籍者で「22歳までに国籍を選ばなければ」と報道されていましたが、アメリカ国籍を一度取得したら一生アメリカ人でいられるわけなので、選択しろと言われたら迷わず日本国籍を選択したら良いと思います。ブラジルも然り、一度ブラジル人として出生届を出せば、一生ブラジル人でいられます。我が家の3人の子どもたちも全員二重国籍者で何の問題もありません。但し、旅行する時はパスポートが2冊ずつで面倒くさいものの、相手国に入る時はかなり優遇されますので便利なことこのうえない。日本政府もそろそろ欧州各国を見習って、日本人にルーツを持つ日系人の子孫に、無条件で日本のパスポートを付与してくれないかな、と願います。それがこれからの少子高齢化による人口減少や、他国からの移民受け入れなどの前にすることなのでは?などと個人的に思っています。縮小する日本、そして度重なる天災…海外で心を傷めているのは私だけではないと思います。一日も早く日本全体が復興しますよう、祈っております。


by beijaflorspbr | 2018-09-09 23:03 | 思うこと
2018年 08月 27日

小1の子に教えられる命の重み

てんし の いもうと
新潟県 1年 松橋一太

ぼくには、てんしのいもうとがいます。

よなか、ぼくは、おとうさんとびょういんのまちあいしつにすわっていました。となりにいるおとうさんは、すこしこわいかおをしています。いつも人でいっぱいのびょういんは、よなかになるとこんなにしずかなんだなあとおもいました。

すこしたってから、めのまえのドアがあいて、くるまいすにのったおかあさんとかんごしさんがでてきました。

ぼくがくるまいすをおすと、おかあさんはかなしそうに、はをくいしばったかおをして、ぼくのてをぎゅっとにぎりました。

いえにつくころ、おそらはすこしあかるくなっていました。

ぼくはひとりっこなので、いもうとがうまれてくることがとてもたのしみでした。おかあさんのおなかにいもうとがきたときいてから、まいにち、ぬいぐるみでおむつがえのれんしゅうをしたり、いもうとのなまえをかんがえたりしてすごしました。

ごはんをたべたり、おしゃべりしたりわらったり、こうえんであそんだり、テレビをみたり、いままで3にんでしていたことを、これからは4にんでするんだなあとおもっていました。

でも、はるやすみのおわり、トイレでぐったりしながらないているおかあさんをみて、これからも3にんなのかもしれないとおもいました。さみしくて、かなしかったけど、それをいったらおとうさんとおかあさんがこまるとおもっていえませんでした。

ぽかぽかのあたたかいひ、ぼくたちは、ぜんこうじさんへいきました。いもうととバイバイするためです。はじめて4にんでおでかけをしました。

ぼくは、いもうとがてんごくであそべるように、おりがみでおもちゃをつくりました。

「また、おかあさんのおなかにきてね。こんどはうまれてきて、いっしょにいろんなことしようね。」とてがみをかきました。 

ぼくはてをあわせながら、ぼくのあたりまえのまいにちは、ありがとうのまいにちなんだとおもいました。

おとうさんとおかあさんがいることも、わらうことも、たべることやはなすことも、ぜんぶありがとうなんだとおもいました。

それをおしえてくれたのは、いもうとです。

ぼくのいもうととありがとう。

おとうさん、おかあさん、ありがとう。

いきていること、ありがとう。

ぼくには、てんしのいもうとがいます。

だいじなだいじないもうとがいます。

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※上のひらがなばかりの作文を読み、僅か小1で命の大切さや重みを家族によって教えられた心優しい一太くんの感性に心から感動しました。喪った命は決して戻ってきませんが、天国に昇った妹ちゃんがこれからも一太くんご家族を守ってくれることでしょう。



by beijaflorspbr | 2018-08-27 21:50 | 思うこと