ハチドリのブラジル・サンパウロ(時々日本)日記

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2019年 07月 10日 ( 1 )


2019年 07月 10日

人生で最も辛かった真夏の記憶:追悼ジャニーさん

今から11年前の真夏、連日の猛暑で体調を崩していた私のところに切迫した様子でNちゃんから一本の電話が入った。「主人が倒れたの、息をしていないの、心臓も止まりそう。直ぐ来て!」「うん分かった…」今買ってきたばかりの買い物袋を放り出し、一目散にハンドルを握ってS市へ駆け付けた。Kくん(実母の腹違いの弟)は、既に病院に搬送されていて、体中が管だらけだった。そこからの闘いが本当に長かった。病院側の配慮で、一室を開放して下さり、我々家族の待機所にしてくれた。一晩目は「今夜が峠です」と言われ、皆まんじりともせず無言で待機していた。心配して駆け付けた多くの友人や同僚も暗い顔をして引き揚げて行く。「何かあったら連絡するから」と。Kくんの病名は脳動脈破裂によるくも膜下出血だった。夏の暑い日に、連日のハードスケジュールで無理に無理を重ねて倒れてしまった。Kくんはお人好しで、人から頼まれたら絶対に断らないタイプの人間だった。続き柄は叔父さんでも、2歳しか違わないので、私たち兄妹とまるで兄弟のようにして育って来た。丸3日間Kくんは懸命に闘って、夕陽が落ちるころひとり静かに旅立った。
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辛い辛い経験だった。この度、ジャニーズ事務所の社長のジャニー喜多川さんの訃報に接し、あの辛くて悲しかった真夏の出来事を鮮明に思い出していた。Kくんと同じ病気なら、かなり厳しいのではないかと心配していた。それでも愛する「子どもたち」と共に楽しい時間を過ごしたとメッセージで知った時は、何だかほっこりした。そう…亡くなる前でも人間の耳は最後まで生きているのだから。各マスコミが特集を組んでいるので、余計なことを赤の他人である私がここで語るつもりはない。故人の成し遂げた偉業は、私たち末端のファンにまで多くの恩恵と喜びと楽しみを齎してくれたと感謝の気持ちでいっぱいだ。未だ嵐くんたちのコメントが公表されていないのが気になるものの、それもまもなくマスコミを通じて発表されることと思う。彼らは親同然の大恩人を失くしてきっと一晩泣き明かしたに違いない。まだ若いメンバーの多い事務所なので、人が亡くなるということを現実として経験していないのではないか。人は亡くなったらもうその人に二度と会えないということだ。どんなに会いたくても泣いても帰って来てくれないということだ。だから生前の遺志をしっかり引き継ぎ、立派に生きていくだけだと分かるまでは何年もかかってしまう。幸いKくんの妻Nちゃんも元気で毎日暮らしている。人間は強い生き物だと思う。でもでも…この夏の暑い時期はKくんや母を失くした記憶が蘇り少し辛い季節だ。だからかな?敢えてこの時期に帰国しないのは…。心からご冥福をお祈りいたします。


by beijaflorspbr | 2019-07-10 20:34 |