ハチドリのブラジル・サンパウロ日記

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2008年 08月 25日

天に昇られたみづきさん

ここ何年も応援し祈り続けていたみづきさんが23日午後6時43分に他界されました。享年38歳でした。まだお若く、これからご活躍という世代でしたのに、残念なことです。「みづきの末期直腸ガンからの復活の記録」を闘病中も書き続けてこられた方で、私も2か月前に取り上げたことがあります。脳転移後、奇跡の復活をされ、静かに病状が進んだとしてもご自宅に戻れる日を楽しみにしていました。しかし、腎ろう、デュロテップパッチ、モルヒネ、ドルミカム投与、血圧低下…という母が辿った同じような行程を拝見しながら、もしかしたら今度が最後の入院になるのかな?と心配していた矢先の訃報でした。私と同じ「直腸がん」という病気と闘っていて、その症状に共通点を見出しては安心したり、ハラハラしたり感情移入をしながら長い間このブログを見守ってきました。まさに「他人事」とは思えませんでした。

最近、ご本人に代わってお父様やご主人さまが代筆ならぬ、PC入力をお手伝いされていたようですが、みづきさんは常に「自分の言葉で表現する」ことにこだわっていました。みづきさんは大変聡明な方でしたから、その淀みのない文章、冷静な判断力にはいつも脱帽していました。人間って限界を超えてもこのように崇高で無駄のない文章が綴れるのだろうか、と尊敬にも似た気持ちが芽生えてきました。しかしながら神さまは時として残酷なことをされるものです。亡くなってしまった命を惜しんでも仕方がないのかもしれません。でも…でも…

良寛和尚の句

 ちるさくら   のこるさくらも   ちるさくら

間違いなく誰もが「ちる」のだなあ、と思うのはこうした身近な方の訃報を聞いた時です。先日の晴天の霹靂ともいえる叔父にあたるもっとも身近な親戚のKの突然死からはや3週間、未だ心は癒えずにいます。誰が何といっても、人に何と言われようが、この傷ついた心を治す薬など当分ないのではないかと思われます。唯一あるとしたらそれは「時間」でしょう。傷を癒す「時間」が欲しい。

みづきさんをすぐ傍で見守ってこられたみづきさんのご主人さまやご両親さまはどれほどお辛い思いをされていることでしょう。それを考えると胸が傷みます。お父様の「おまえの命に代えてもブログを書き続けたらどうだろう」という言葉に従って、どんな苦しく辛い状態のときでも自らのブログを更新し続けたみづきさん。残念ながら亡くなられましたが、このブログはずっと生き続け、結果このブログを遺されたことが最終的に親孝行に繋がったのではないかと思っています。このブログは「みづきさん」そのものであり、みづきさんの生きてきた軌跡でもあるのですから。みづきさんの辞世の句(七夕の短冊に書いたもの)

 願いごとはただ一つ  家族のけんこうと幸せ

自らが果たせなかった健康を遺された家族に託して旅立ったみづきさんご冥福を心よりお祈りいたします。痛みも苦しみもない世界でゆっくりお休みください。合掌
*申し訳ありませんが、デリケートな内容ですので今日はコメント欄を閉めさせて頂きます。

by beijaflorspbr | 2008-08-25 15:40 | 人生


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