ハチドリのブラジル・サンパウロ日記

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2025年 11月 15日

ブラジルを知る会見学会②ブラジル日本移民史料館

サンパウロの東洋人街に位置するブラジル移民史料館は、7階・8階・9階の三階に渡って展示物が設置されています。大昔!?に訪ねた時よりも、格段に進化していたように思います。それと同時に、昔あった農作物などの展示により、日系人のブラジルにおける貢献度などの展示が削除されたのは残念です。ただ、あちこちでビデオが観られるようになっていて、現代風にビジュアル面を重視している点は大いに評価されると思いました。館内は基本的に撮影禁止なので、興味を惹かれたサンパウロ州の昔の地図を撮らせてもらいました。「あしあとプロジェクト」に参加している時、一番多かったのが『ノロエステ線○○農場』というのでしたが、この地図ではっきり分かったのが、特に奥地に行くほど赤丸が大きくなっていたことで正しく理解出来ました。また、海の近くの県(例えば沖縄など)の方々は、海岸線『レジストロ線』へと流れて行かれました。会の代表S女史の説明によると、農業やコーヒー園での仕事に耐えられなかった人たちは、線路工事に携わったり、海岸線では荷役夫として働いている日本人移民も多かったとのこと。自作農で成功した人もいれば、移民から年月が経つごとに職業も多様化していったことが判ります。2世3世の時代になると、子孫の中に高学歴者も増え、医師・弁護士・教師・政治家なども生まれてきました。良く義両親が口にしていた「教育は誰も盗めない」と教育に力を入れた話を思い出していました。我がファミリーは3世(義父が最も古い二世)になりますが、エンジニア・心理学者・弁護士を輩出しています。
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続いて、日本の都道府県からどれだけの人がブラジルに移民で渡ったかという地図です。北海道・岩手・広島・鹿児島・沖縄が多かったようで、逆に大都市の東京は少なかったと記憶しています。移民名簿をデジタル化している中で、思ったのは、全員が無事に日本からブラジルに渡ることが出来たわけではなく、一家の中で目にした「船内死亡」という悲しい文字を何度も見掛け涙したものでした。船の中で亡くなると、そのまま水葬ということになり、その時の移民たちの心情を思うと、居たたまれない悲しみが襲ってくるのでした。因みに、義父は船内で母親のお腹にいたものの、ブラジルに着いて義父を生んだ後、直ぐに命を落としたそうです。その後迎えた後妻に苛め抜かれた辛い話を義父から聞かされました。義父は人一倍愛情に溢れた温かい方で、私も随分大切にしてもらいました。自身の不幸な生い立ちをバネにして、農業の後は、事業で成功を収めた強い人でもありました。
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1908年笠戸丸移民から日本の移民が始まり、今年で117年の歳月が流れました。今や日系人は、ブラジル社会で多方面で活躍しており、「Japones Garantido(日本人は保証付き)」と尊敬されるようになっています。私自身も何度も日本人だよ、と名乗ることで、
「日本大好き」
「日系の親戚や友達がたくさんいるよー」
「日本にいつか行ってみたい」
などなど、新日国のブラジルでは、日本や日本人への憧れが強く、とても居心地が良いのも117年前に移民で来られ、辛酸をなめた歴史の上に成り立っていることを思うと、感謝しかありません。勿論、工業や企業進出でも貢献はしていますが、土台には地道なコーヒーコロノ(コーヒー園での労働者)から来ていることを思えば、日々の暮らしこそが大切なのだと気付かされます。時々はこの移民史料館に来て、日本人移民の歴史を深堀することも大切だと思えた貴重な時間でした。約3時間の移民史料館ツァーは無事に終了しました。ずっと説明してくれた会長のS女史に拍手!!私が自慢できる本当に素晴らしいお友達です。長年一緒に勉強してきましたが、あらゆる本をよく読み、知識も豊富で、年下とはいえ尊敬しています。また、新しく加入されたお若い「ブラジルを知る会」メンバーの中にも、素晴らしい能力を持つ方も多く、逆にこちらがたくさん勉強させて頂いています。高齢者だからと、ボヤっとしていられません(笑)それにしても脚が。。。痛い。。。だって、約1時間以上かけ、バス・メトロ・徒歩で目的地に辿り着き、3時間立ちっぱなしでしたから。今から6年前最後に行ったアイドルグループ『嵐』のライブツァー以来の立ちっぱなし(笑)脚というより、膝裏が張るんですよね。。。そんなことがないよう、これからも足腰をしっかり鍛えようと誓いました!さて、難しいお勉強の後は、楽しみな忘年会です。わぁ~どんなところだろう?続きます。飴と鞭これが大切です、な~んちゃって。


by beijaflorspbr | 2025-11-15 20:32 | ブラジルを知る会 | Trackback


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