ハチドリのブラジル・サンパウロ(時々日本)日記

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2017年 09月 23日

母の命日に・・・

母が亡くなって今日で11年。
ほんの昨日のことのように何もかも鮮明に覚えています。
日本の親戚から、一人暮らしの母が、脳梗塞を起こし
緊急入院をしたという連絡を受け、急遽航空チケットを取って帰国した私は、
翌日から母の看病に専念しました。
脳梗塞さえ克服できれば何とかなるか…の家族のささやかな願いも虚しく、
その後の精密検査で胃がんの末期だと宣告を受けました。
宣告されたのが7月末の暑い日でした。
「残念ですが、お母さまはお正月は迎えられないでしょう」
あの時の絶望感は今でも私をしばしば苦しめます。
「もっと早く気付いてあげたら・・・」
「何故母を守ることができなかったのだろう」
ああすれば、こうもすれば…自分を責めて責めて責めて…
終わりのない苦しみを経験し、今自分に出来ることを精一杯させて頂こう、
母との思い出が走馬灯のようにクルクルとエンドレスで頭に浮かび、
涙を流さない日は一日たりとてありませんでした。
そんな苦しい看病の日々も2006年9月23日午前1時13分で終わりを告げました。
終わったというより、終わってしまった、という表現の方が正しいかもしれません。
海外に住んでいた兄夫婦の帰国を待って、通夜・告別式を執り行い、
私たち兄妹がびっくりするくらい、たくさんの方のご会葬を頂きました。
今更ながら、母の偉大さを思い知りました。
会葬者の誰もが、威張っていた亭主関白の父を、陰で静かに支えていた母のことを皆正しく理解していたようです。
明日兄が在住国に帰るという静かな夜に、遺された兄妹二人で
「悔しいね、残念だね…」
といつまでも泣いていました。
母は12歳の時実母を亡くしていたせいか、子どもたちを甘やかす人でした。
甘やかされて育った我々は、少々頼りないものの、人に対する思いやりを持ち、
優しさや無償の愛を捧げることを母から学びました。
懐の大きな人で、没後弔電やお手紙にもそのようなメッセージがたくさん込められていました。
「お母さんに美味しいものをたらふく食べさせてもらったのが良い想い出になっています」
「貧乏学生で、食費にも事欠いている時に、たっぷりとお小遣いを頂いたのが嬉しかった」
等というメッセージは、最大の褒め言葉だったと思います。
我が家は誰でも自由に出入りできるようなオープンな家でした。
豪放磊落な父のせいで、母は随分苦労をしただろうな、と思います。
それでもしっかり父の意思に従い、最後まで父の妻として誇りを持って生きてくれたと思います。
そんな一人の女性としても、母としても素晴らしい母に追いつけ追い越せで
私もこれからの余生を送っていきたいと思います。
残念ながら76歳で人生を終えた母、母の年まで後12年。
私の余生がもし後12年しかないとしたら私は何がしたいんだろう?
命日の度にそんなことに思いを馳せます。
子どもたちのためにも私はもう少し長い生きしないといけないのかな?とも思っています。
人に必要とされる自分になること、自分らしく生きていくことこそが母への恩返しになるのかもしれません。
母に感謝!そんな一日にしたいものです。お母さん、改めてありがとう!!
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(季節外れですが、母の大好きだった紫色のクアレズメイラのお花)
もしお母さまがご存命の方は、今のうちに感謝の言葉を贈って差し上げてください。


by beijaflorspbr | 2017-09-23 18:00 | 両親を想う | Trackback
2017年 09月 12日

ありがとう!(歯の治療を受ける)

乾燥しきった空気のせいか、寒さのせいか、はたまた年のせいか、ここのところ歯の具合がとても悪い日が続く。歯茎が腫れて歯がズキズキ痛み、差し歯がグラグラという最悪の事態に。私の人生、幼い頃から栄養失調(今は死語?)に罹り、他の人に比べて歯が脆いそうなので、歯医者とはなかなか縁が切れなかった。日伯たくさんの歯医者を渡り歩き、行き着いたのは我が子。彼女には過去に何度か【そのそのその】診てもらったが、いつも予約がいっぱい入っていて忙しそうなので、家族は後回しと遠慮がちになる。でもいよいよダメだ…という時だけ、つまり痛いとか歯を失いそうなどと言う悲劇的な時だけ(笑)頼むしかない。そんな緊急事態に陥ってしまったこの週末、我慢しつつ漸く待望の月曜日が来た。何故なら、週末はどんなに歯が痛くても診療所は休みだから。朝一番で彼女へのお弁当を作っている最中に電話が入る。「10時からなら大丈夫だけど、間に合うように来られる?」「行きます!」慌ててお弁当を仕上げて出かけた。丁寧に診て、適切な治療をしてくれた。頼みもしない苦手な歯の掃除や歯周ポケットの治療なども。「ママ、こんな適当な歯の磨き方をしていると、今に歯が全部無くなってしまいますよ!」いつもの叱責が飛ぶ。そうだよね、もっと真剣に残った歯と向き合わねば、美味しいものも食べられないもんね…。自分に言い聞かせた。そして、一応治療が終わり、次の目的地へ。10月の帰国便チケットの予約購入をしにJALへ。その後、もう1か所約束があって回っていると、娘からメッセージが入る。「午後ももし時間があったらもう一度(診療所)に来られる?」「何するの?」「いや、キャンセルがあって時間が空いたの。ちょっと気になるところがあるので治そうと思って…」「はい、分かりました。ここが終わったら直ぐに行くからね」午後1時20分にUターンをしてから延々2時間以上道路工事のようなハードな治療を受ける。1、昔々詰めた詰め物が根元から傷み出し、早晩新しくしなくてはいけなかった。2、インプラントを入れている根元がレントゲンで見ると、ぶよぶよしていて腫れているみたいで少しおかしい。とのことで、頭蓋骨に響く道路工事の後は(笑)インプラントを外して大掃除。一部分だけ強い痛みを伴ったので、麻酔をかけてもらう。まあ、根気良く頑張る我が子の姿にちょっと感動した。きっとこの細かい仕事が大好きなんだな、と感じた。漸く治療が終わって「確実に腕を上げているね」というと「いや、まだまだ勉強不足だよ、もっと頑張らなくちゃ」ふーーん、すごいね。少し貫禄も出てきたみたい。しばらくは歯冠の大工事の続きで通わなくてはならなくなったけど、専門職を極めつつある我が子の働いている姿を見るのは大きな愉しみ。ありがとう、エルちゃん。苦痛が取り除かれて今夜は熟睡出来そうだ。
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(エルの飼い犬みそ、週末はいつも戯れている)


by beijaflorspbr | 2017-09-12 18:00 | 家族 | Trackback
2017年 09月 06日

富山湾の秋の風物詩「紅ずわい蟹」

今朝起きぬけに見た居酒屋「庄八」さんのfacebookの記事を目にして、本当に涎が出てしまいました(恥)今月の2日に紅ズワイ蟹漁が解禁され、富山県射水市の新湊漁港では初セリが行われ、庄八さんにも紅ずわい蟹が入荷したそうです。
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紅ズワイ蟹の魅力は、何と言ってもほんのり甘い味。あー食べたい。特に出始めの蟹は味が濃く身がギュッとしまっています。でも日本は遠い。果てしなく遠い…。
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蟹の写真を見て、しみじみお友達のおっとりさんを想い出しています。不謹慎かな?でもこんな時ですかねえ、郷愁を感じるのは。郷愁=友達=食べ物なんかい!と仰る方も多いかも。でも離れれば離れるほど、友達が、日本が、家族が恋しく感じることが多い今日この頃。年取ったもんだなあ。。。

☆昔の記事(2007年-2008年)をどんどん削除して行っています。削除しても想い出が消えてしまう訳ではないものの、少し淋しい。


by beijaflorspbr | 2017-09-06 18:00 | 日本の美味しいもの | Trackback
2017年 08月 07日

シッセラの人生

言葉も生活習慣も分からないまま日本からブラジルに嫁いできた私は、家族の手厚いサポートを受けたのはもちろんですが、一番身近な存在で、日常生活を何かと手助けしてくれたのが歴代のEmpregada=お手伝いさんたちでした。その数多いお手伝いさんの中でもピカイチだったのはシッセラという名前のブラジル人の女の子でした。30年以上も前に、まだティーンエイジャーだった彼女にバトントワリングを教えていたのが縁で知り合いました。その後家庭の事情で、高校に行きながら働かないといけないから働き口を紹介して欲しいと相談された時、一も二もなく「家に来れば?高校に行きながら子どもたちの面倒と家事手伝いを出来るだけしてくれたら良いから」という条件で我が家に住み込みで入ってもらいました。高校の授業料や交通費、月々のお小遣いなどの必要経費は全て我が家が負担しました。シッセラは一生懸命勉強しながら私立の商業高校に合格、午前中の早い時間からお昼まで学校に行き、帰宅後は一生懸命家事や子守りをしてくれました。高校卒業と同時に、夫が身元引受人となり、大手デパート(現在は倒産)の正社員として働き始めました。その後縁を得て、ある男性と知り合い結婚しました。サンパウロ郊外の自宅で行われた結婚式には、我々も仲人として参加し、幸せそうで可愛らしいシッセラの姿を目を細めて見守ったものでした。シッセラは、当初まるで実家に帰ってくるように頻繁に我が家を訪ねてきました。その後2人の女の子にも恵まれ、昔我が家で覚えた数々の料理の腕を使って、フードトラックを始めました。近くに大きな工場があり、固定客も付き商売は大成功しました。とはいえ、つつましく堅実な暮らしをしながら自宅を購入し、子どもたちに高等教育を受けさせました。特に下の娘は美しく生まれたこともあり、モデルやミュージカル女優へと進む道を選択、忙しい中でも夢ある幸せな生活をしていました。2年前に夫のSが直腸癌に罹り、壮絶な闘病生活をずっと支えましたが、先月残念ながら亡くなってしまいました。
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(お土産①パウミット=ヤシの芽とチーズのタルト)
ここ数年間、商売の忙しさ、夫の闘病生活、子どもの送り迎えなどで多忙を極め、なかなか我が家に来られなかった彼女が、娘のパトちゃんが日本から帰って来ていることもあり、昨日久しぶりに我が家を訪ねて来てくれました。夫を見送ったシッセラは、少し寂しそうな表情の中にも安堵の表情が見られ、ホッとしました。「治療もありとあらゆることを尽くしたけど、残念ながらダメだった・・・」と話してくれた時は、悔しさを滲ませ涙していました。良く頑張った彼女をしっかりと受け止め、労ってあげました。パスタの昼食を挟んで3時間ほど滞在したシッセラの表情は実に晴れやかでした。
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(お土産②イチゴのタルト)
隣に座って、ゆっくりじっくり彼女の話を聞いてあげました。シッセラの綺麗な目が特に印象的で、改めてまだブラジルの生活に慣れていない時に、この心優しい人にたくさん支えてもらったんだなあ~と感謝の気持ちが沸いてきました。5年以上も寝食を共にしたシッセラとのご縁はずっとこれからも切れないことでしょう。今でも朝8時から夜8時までフードトラックで一生懸命仕事を続けている彼女、これからも頑張ってね。人と人のご縁を深く感じた週末のひと時は大変幸せな時間でした。ありがとう、シッセラ!!
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by beijaflorspbr | 2017-08-07 21:39 | 人生 | Trackback
2017年 07月 30日

疲れています。。。

食欲もりもりの元気な家族が居て、日ごろ発することのできない鬱憤を全部こちらに向けて、受け止める側は少し疲弊するのは仕方がないとしても、相変わらず左肩の調子が最悪です。ずっと続いている寒さのせいかもしれません。自分の腕が重くて支えきれないという苦痛、もう何だか最悪です。昨晩は痛みに苦しみ、枕を抱いて漸く眠りに就くことができました。簡単には治りませんよ、と整形外科病院で言われた通り、既に8か月目に入ります。ああ~治ったら人のために役立つことをたくさんしよう!そう決めています。
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毎日やることや行くところがあり、肉体的にも精神的にも張り切ってはいるものの、年のせいか体力には限界があり、夜寝る時はぐったりな日々。それなのに明け方5時頃には必ず目が覚めてしまうのも年のせい?加齢と体力の限界を考慮しても、日ごろ頑張り過ぎたツケはいつか回ってくるような気がします。
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ところで、ブラジルのパンはとっても美味しいんですよ。色々な種類があり、少しずつ微妙に味も食感も違います。ハムやチーズを挟むのに相応しいパン、バターを塗って食べたら美味しいパン、甘いパンなどなど、その日の気分で買うようにしています。最近は娘のお蔭で、色々なパンやハムを楽しんでいまして、体重増加が少し心配な今日この頃です。この週末はひたすらゆっくり休み、来週からはまた張り切って行きたいものです。

by beijaflorspbr | 2017-07-30 22:27 | 家族 | Trackback
2017年 07月 26日

サンパウロで上手に暮らすためには!?(長い独り言)

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ずっと日本日記が続いていますが、私本人は7月初旬にサンパウロに戻って来ました。その2週間後に娘が3年ぶりの一時帰国をし、彼女と共に行動するうえで、色々な気付きがありました。日本の田舎町から来た彼女、もちろんポルトガル語はペラペラで何不自由なく暮らせるはずなのに…何故かモタモタして落ち着きがありません。それは、サンパウロという大都会が日進月歩を遂げ、日一日と進化しているということ。得意の!?箇条書きにて纏めてみたいと思います。

◎出勤退社時間が早い時間にずれていると感じる理由
以前のラッシュアワーのピークは、午前7時以降だったと思うのですが、最近は6時台または5時台から既に渋滞が始まっていること。それに伴いバスやメトロの混雑ぶりも半端ないほど激しく混み合っていること。特に私の家があるサンパウロ市南部地域は、現在メトロとモノレールの大工事を敢行しており、あちこちが通行止めになっているため、更なる渋滞を引き起こしている問題すら何も解決していません。2014年のブラジル・ワールドカップ完成を目指していたという話は絵空事でしかありませんでしたね。それ故、仕事を終える時間も自然に早くなっており、バスやメトロは既に午後3時にはかなり混み合っていることが多い昨今です。サンパウロの人口の多さも相俟って、この点はなかなか改善されていません。

◎以前は空いていた週末も道路が異常に混み合っていること
先週の土曜日の午前中にグァルーリョス空港に到着したパトちゃんを迎えに行くために、23 de Maio大通りで大渋滞に遭ってしまいました。恐らく多くのサンパウロ市民が車を持つようになり、休みは家でじっとせず、郊外や外食や親戚訪問などに車を使って出るようになったからかもしれません。ルラ政権時代、経済緩和策で貧困層にまで政府のお金(Bolsa Familiar)をばらまいた末、上からA.B.C.D.Eの階層のうち一番低いE層の人たちがDまたはCまで登り詰めたこと。実際問題その後の政権交代により、長期ローンで車や住宅や電化製品を購入した人たちは、現在月々の支払いに大変な困難を強いられ、折角購入した贅沢品を手放している人も多いということです。サンパウロに関していえば、今は未曽有の大不況といった悲劇的様相を呈しており、先日行った大手スーパーWalmartにもお客さんは疎らでした。そのことを、こちら在住のエル(次女)に言うと、いとも簡単に「ああ、月末だもんね!無理もないわ・・・」なーるほど。

◎お隣、リオデジャネイロ州の財政が破たんしている
昨年華々しく開催されたリオオリンピック後のリオデジャネイロ州経済の落ちぶれ方は悲惨です。リオデジャネイロ州の公務員は、何と5月からまともに給料が支払われていないとの報道が毎日のようにあり、窮状を訴える公務員が毎日泣きながらインタビューに答える様を見て、心から気の毒だと思いました。ブラジルの国力を何も考えずに五輪誘致に走ったルラ元大統領の罪は大変重いと言わざるを得ません。ルラはまもなく収賄罪で収監される見通しだそうです。ジウマは政権を追われ、その前の大統領のルラは刑務所へ…一国の大統領が罪人になるというこの国は病んでしかるべきでしょう。リオ州は経済の悪化と共に、治安もかなり悪くなっており、十分な注意が必要です。連日銃撃戦などの怖いニュースが流れて来て、それを見るたびに戦場地のようで鳥肌が立ってしまいます。あまりの治安の悪化に業を煮やしたテメル大統領が、リオに大量の軍隊を派遣し、制圧に乗り出しました。政治家による汚職捜査ラヴァ・ジャット(洗車作戦)はずっと容赦なく続いており、次々と逮捕される有名政治家たち。この国は何かが狂っているとしか思えません。

◎それでもサンパウロは発展し続けている
娘が「3年前に帰って来た時と何もかもが変わっている」と言いました。そうなんです、サンパウロはあくまでも南米随一の経済都市であり、いくら不景気と言っても、あらゆるチャンスが眠っている街です。これから何かの仕事に挑戦される方には大いなるチャンスが巡ってくるかもしれません。そして、サンパウロにはサンパウロなりの生き方があり、その時代の流れに自分を合わせて行く必要があります。私自身も、以前は小さな子どもたちを伴うことが多く、積極的に自家用車であちこちに繰り出していましたが、今は上に書いたような救いようのない渋滞により、車で出るよりバスやメトロの選択肢がより正しいことが分かります。サンパウロには多数のタクシーやUBERといった配車サービスもあるため、自家用車で行き、酷い渋滞に巻き込まれ、着いた先で多額の駐車料金を払い。おまけに罰金が来るということがバカバカしいと思えるまで、あまり時間は罹りません。それに、市内あちこちに設置された交通違反取り締まりの異常ともいえるカメラの多さ。停止信号の白線を1ミリ分でも踏むと、撮影され後で罰金が来て免許減点という悲劇が起こります。そうでもしないと、大都会をコントロールをするのは難しいと言わんばかりの強気かつ無能な交通局です。今Globo局では、いかに信号が正常に機能していないか、というキャンペーンをやっていますが、信号故障も重大な交通事故の原因になるので、注意が必要です。

◎色々矛盾や問題も多いサンパウロですが……
私は今はこの街の暮らしが結構気に入っています。お買い物に行けば、和食材を含め、なんでも欲しいものが手に入りますし、食べたいものがあれば、世界中のグルメを味わうことも可能です。人種の坩堝と言われる街だけあり、人種差別もなく、逆に子ども連れや年寄りなどの弱者は大切にされるし、おまけに日本人は大変尊敬されています。全てご苦労され、真面目に働いて来られた日本人移民の方々のお蔭と、感謝の気持ちが沸いてきます。自宅の住環境も含め、「(離れていて交通に)不便でしょ?」と人に言われても、「不便の先には自然が多く、空気が綺麗で冷暖房も要らない快適な生活なのよ」と説明しています。天国とまでは行かないけれど、やはりこのChacara Floraの自宅は最高のロケーションです。今年の11月でサンパウロ生活が41年目に入りますが、自分自身は子どもたちが幼かった頃からちっとも変っていないような気がします。縁あって住むようになったサンパウロの自然を愛でつつ、少しの不自由さを楽しめる余裕のある生活を満喫しようと思います。ストレスが貯まった時や疲れた時はイッパイやりましょうか!(笑)言い訳のようになりますが、5月に胆嚢の手術をして以来、お酒の量が随分減り、たくさん飲めなくなってしまいました・・・ショボーン
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(エルが患者さまから頂いた「氷結」をプレゼントしてくれました!やった~)
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(最期まで幸せに暮らそうね、みそくん!)


by beijaflorspbr | 2017-07-26 18:07 | サンパウロ生活情報 | Trackback
2017年 07月 22日

ウェルカム!!

少しだけ暖かくなったサンパウロですが、一軒家の我が家は相変わらず一日中「冷房」が効いているような寒さ…。明日サンパウロに到着予定のパトちゃんのために、冬仕様のベッドメイキングにしました。最初窓側にと思ったのですが、やはり隙間風が顔に当たるので、部屋の内側にセットしました。
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ここでしばらく疲れをいやしてゆっくりしてくれたらいいな。
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静かな自宅・・・結構気に入っています。時々ワンコ(みそくん)のケタタマシイ声が(-_-;)
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あー早く明日にならないかな。飛行機は漸くニューヨークに着いたところです。自分で旅行している時は無我夢中で何も感じないのに、家族だとなかなか目的地に着かないのでイライラしてしまうから不思議。今日は中途半端なお話ですみません。この記事が出る頃、きっと元気な娘に会えることでしょう。長旅お疲れさま~♪

by beijaflorspbr | 2017-07-22 21:00 | 家族 | Trackback
2017年 07月 03日

うーん、こんな日もあるのか!?(謎の投稿)

幸せイッパイの仙台・山形同窓会の帰りの写真を使わせてもらいますが、心ここにあらず…。膨大な画像処理をし、一日中その作業に没頭していました。そんなところに飛び込んできたサプライズニュースに大変動揺しています。
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今すぐどうこうということはないにしても、将来どうなるのかなあ?と不安でいっぱい・・・。
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私自身はとても元気なのですがねえ。。。はぁ~(-_-;)(-_-;)(-_-;)意味不明な投稿で申し訳ございません。私の友人たち、あまり気にしないでね!とだけ言っておこうか。


by beijaflorspbr | 2017-07-03 22:10 | 人生 | Trackback
2017年 05月 11日

うーん、困ったなぁ。。。

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今年の始めくらいから不調だった私の左肩の診察に、地元で評判の良い整形外科に行ってきました。何しろ腕が上がらない、回せない、後ろに行かない、自力での着替えがしにくい、入浴に支障を来たすなどと苦難の日々が続いていました。我慢していたらそのうち治るだろう、と楽観していたら・・・

「何でこんなに固まるまで放っておいたんや、あんたこのまま一生腕が上がらなくてもええの?」
と叱られ、その後の一言にまたまた衝撃を受けてしまいました。

「うーん、厳しいわ・・・このケースは手術しかないな・・・かなり酷い状態やで」

ウッソー、あの・・・私まもなく胆嚢を取る手術を受けるんですけど(心の声)

「手術が嫌やったらダメモトでリハビリしてみる?」
「はい、やりますやります。手術は(痛いから)嫌だもん」
ということで、レントゲンを撮り、ものすごく痛い注射を打ち、簡単なリハビリを受けてきました。しばらくリハビリに通って、M先生の治療に賭けてみたいと思います。何しろ、何年か前に膝関節が痛くて歩けなくなった時、このM先生にはお世話になり完治した経験があります。

「自分を甘やかして、痛いからと庇って動かさずにいたら、本当に腕が固まってしまうで、あんたの弱い心を反省せな」

先生の言葉通りにならないように、早速今週からリハビリに通います。ということで、帰国早々ハラハラドキドキな経験をしてしまいました。貴重な日本滞在中に2回手術なんてことにならないように、精一杯治療を受けます!!ついでに、気になっていた「乾癬「(かんせん)」の診察も受けて来ました。帰国=体のメンテナンスを完璧にするのが大切な自分への課題でもあるので、全て解決して万全な状態でブラジルに帰りたいと思います。頑張るぞ60代なのに50肩患者!!年とりたくねーーー(ボンくんの口癖)


by beijaflorspbr | 2017-05-11 21:07 | 病気 | Trackback
2017年 04月 27日

ちょっとした伝達不足!?

この日、早朝から買い物に行った。使用人が働く日だったため、どちらかが家にいないといけない。一方の私は無事買い物を終え、ちょうどバスポントを降りて自宅コンドミニオのポルタリア(メインエントランス)に難なく到着。自宅に電話をすると、トリオさんが直ぐに車で迎えに来る手はずになっているが、いくら電話をしてもかからない。何とこの日は使用人の給料を払うため、同じ時刻(私の到着予定時刻)に近所の銀行にお金をおろしに行ったそうだ。仕方がないので自宅までの1キロの距離をテクテク歩き始めた。両肩には重たい荷物がずっしりと…。歩いているうちに腹が立ってきた。本当は迎えに来てもらえるだけで有難いのに、どんどん不満が溜まってくる。そんな時に電話がかかってきた。「今どこぉ~?」「もう直ぐ着くよ、最後の坂を昇っているとこ。何なの?今頃・・・もう来なくていいよ!」「あそう・・・」腹が立つと自然に足が速くなるのね(笑)坂を昇り切って、もう自宅まで300メートルというところで、見慣れたおっさんトリオさんが前方から歩いてくる。「あ、わざわざ迎えにきてくれたんだ」と思ったものの、無言で荷物を渡す。「重たいねえ~」「当たり前じゃん、何で家にいないのよ、何度も何度も電話したのに……」それを聞かずにとっとと前を歩く。耳が遠いとこんな時に便利。
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持ってくれただけで有難いな、というのが本音だったけれど、腹の立つ振りをしていたけど、あまり長続きしなかった。買って来た美味しいお刺身を食べるとすっかり機嫌が直ってしまった。
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上の写真は一昨日パウリスタ大通りにて…。関係ないけれど、エコバッグの持ち方がいつも一緒なんだね!まもなく75歳になるトリオさん。いつまでもお元気で…。
※人気グループ「嵐」くんのコンサートグッズの中でも、大型のエコバッグは強くてお買い物に最適~♪日本で持つと恥ずかしいけれど、ここはブラジル・サンパウロ♪日々重宝しています(笑)今日は駄文お許しください(^^)/


by beijaflorspbr | 2017-04-27 22:10 | 家族 | Trackback