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2017年 01月 23日

2016年秋日本日記@東京から北へ移動

辛い情報が続きましたが、当ブログの目的である地域情報をタイムリーに発信させて頂くことこそが大切なことと心得ておりますので、読みにくい点はお許し下さいませ。

もう一度東京・成城に戻ります。この日は土曜日、前の夜は少し飲みすぎましたが、爽やかな目覚めです。秋の風物詩の干し柿。「是非写真撮って行ってね!僕一人でやったんだから…」とこのお宅のご主人さまに言われてしばし撮影タイム。朝からひろ子家は何だかバタバタしています。この日も本宅でのお稽古に備えて、忙しそうにしておられました。このリズムが実に私に合うので、心地良い!美味しい朝食を頂いた後、私もお皿洗いなどのお手伝いをして、ひろ子さんの車で出発しました。
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ご本宅では、旦那さま・泰子先生にもう一度ご挨拶。「まあ、ハチドリちゃんまだ居たんだね~」と目を細めて喜んで下さいました。既に台所では、この時点でお稽古のために準備が進められていました。生徒さんも次々に来られ、何ともお忙しいこと!材料だけを見ても、何が出来るかさっぱり想像できません。お稽古に参加させて頂きたいけれど、もう次の予定を決めてしまったので、後ろ髪を引かれる思いでお礼を言って堀江家を出発しました。
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駅までの光景が大好き、大学生時代には、この道を駆け抜けたものだったなあ~今は到底無理!!
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新宿駅経由で東京駅にやってきました。丸の内側は久しぶりでしたが、この日も多くの方が行き来していました。何度見ても素敵な駅舎。
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お弁当を買って、ホームへと急ぎます。いつもの12時ちょうどの山形新幹線つばさ号で久しぶりに従妹訪問の旅へ…。
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山形・新庄行きの新幹線で、約3時間の旅へと出発します。
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座り心地の良いシートに落ち着きました。静かでいいなあ。。。
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1年ぶりの山形への旅、楽しみです~♪


by beijaflorspbr | 2017-01-23 22:00 | 日本国内旅行 | Trackback
2016年 05月 18日

2016年春日本日記@食べてばかり日記(笑)

この日も朝早く起きて(というかほとんど寝ないで)新幹線に飛び乗りました。東京に到着して一番に向かった先は、御徒町でした。御徒町の名もない小さな公園に毎年咲く藤の花を楽しみにしているのですが、今年もめでたく見ることが出来ました。母が大好きだった藤色、このお花を見ていると母のことがしきりに思い出されてなりませんでした。
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風に靡いてサヤサヤと優雅に揺れていてとってもステキな光景でした。もう少し早いと、八重桜と藤の花の見事なコラボが見られるのですが、欲張るのは止めておきましょう。職人さんと色々打ち合わせや相談事や細かい調整をお願いをし、用事が全て終わってから工房を後にしました。交通事故で怪我をされた職人さんにも久しぶりにお会いできました。思えばこの方々とも随分長いお付き合いになったものです。
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お昼はマダムOさんと待ち合わせをしていました。彼女も色々と忙しい中、わざわざ会いに出てきてくださいました。待ち合わせ場所は新宿駅南口。「バスタ」という新しいビルに行ってごはんを食べる?と言っていたものの、まだ飲食店が少なく、午後2時まで席が空かないとのことでしたので、そのまま高島屋新宿店に向かい、「赤坂ふきぬき」という鰻屋さんに入ることにしました。鰻も久々だったので楽しみ~♪ふきぬきは、創業が大正12年(1923年)私の父が生まれた年より早い93年前に創業したことに…。かなりの老舗なのですねえ。関西人は鰻と言えば竹葉亭くらいしか思い浮びません。
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一番小さいひつまぶしをお願いしました。
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焼きたてフワフワの鰻が出てまいりました~♪ゆっくり味わいながら頂きました。お茶漬けも美味しいものの、鰻本来の味が絶妙なので、最後の一杯のみお茶漬けにしました。
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ゆっくりごはんを楽しんだ後、席を移し「サロン・ド・テ・イマダミナコ」に落ち着きました。二人でゆっくりお話をしていると、後ろの席に今田美奈子さんご本人が店内に入って来られて驚きました。トレードマークのピンクのスーツを着た上品な女性でした。お仕事の打ち合わせだったようです。
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絞りたてモンブランとコーヒーをお願いしました。美しいモンブランに二人で思わず歓声を挙げてしまいました。
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二つに割ってみると、真ん中にはメレンゲが入っており、サクッとした食感が何とも心地良い美味しいお菓子でした。
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Oさんと一緒に、ユニクロやデパ地下に寄り、一緒に楽しくお買い物をしました。ふと「あなた新幹線でお弁当を食べるでしょ?ここのは何でも美味しいから買ってあげるね」と。いつもお姉さんのように面倒をみてもらっています。ありがとうございます~(^^♪
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名古屋を過ぎた辺りで、我慢しきれずに(笑)亀戸升本さんのお弁当を開けて頂くことにしました。とても豪華な内容で、何もかもが美味しい。そして量もたっぷりと。。。いやはや、手作り感満載のあったかいお弁当でした!ご馳走さまでした。
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一日中美味しいものばかり頂いた幸せな日の記憶は忘れません。ところで、当然のことながら日本での飽食が祟って、こちらに戻って冷静になってから体重計に乗ってみてビックリ('_')ただ今、ずっとビールを断って食べる量を減らす自然ダイエット実行中でございます。こちらに帰って来てから既に3キロの減量に成功(というか、3キロでも元の体重に戻っていないのだから驚きですわ)(-_-;)がんばろー!

by beijaflorspbr | 2016-05-18 20:00 | 日本の美味しいもの | Trackback
2015年 04月 24日

急な用事で東京一泊旅行②ホテルサンルート新橋にチェックイン

羽田空港から都内への移動は、車窓からの景観が好きなので、いつも東京モノレールを使います。幸い空いていたのでのんびり鈍行で楽々移動。
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まずは今宵のホテルへチェックイン。今回はどうしてもあちこち検索をしてもホテルが取れず、会員登録をしていたサンルートチェーンにアクセスして何とか予約を取ることが出来ました。何とサンルートに泊まるのは2年ぶり!!この日はよほど需要が多かったせいか、どこのホテルも満室で、予約を取るのに大変苦労をしました。この日は、仕事目的で行ったのと、待ち合わせを私の宿泊ホテルにしたため、お目にかかるお相手の勤務先近くである銀座界隈に取る必要がありました。もちろん、とても高価なラグジャリーホテルはいくらでも空室がありますが、私には分不相応です。新橋駅から見事に咲き誇る八重桜を見物しながらゆっくりとホテルへと向かいました。
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港区立生涯学習センターに隣接する桜田公園をショートカットすると目の前がもうホテルです。細長いかなり立派なホテルでした。
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今宵の宿泊先は、ホテルサンルート新橋。高層階レディースルームの禁煙室を抑えました。カード式キーで、エレベーターに乗る時もカードキーを翳します。レディースフロアーに降り立った時も、もう一度カードをかざすシステムなので安心です。ベッドから洗面所がスケルトンで見えます(^^)
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ベッドもフカフカで気持ちが良さそう~♪サンルートのベッドは既に経験済み。
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洗面所はごくごく普通のユニットバス。でもこれで十分です!!
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レディースルームには、お肌の手入れグッズがいくつも備えつけられていました。一応私も女性なので(コホン!)どんなものか、一応全部試してみました(^-^)v乾燥肌がちょっと潤った気がしたのは気のせいか!?
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ホテルでゆっくり遊んでいる暇はありません。荷物を置いて、御徒町の職人さんにお願いしていたものを取りに走って行きました。用事を全て済ませてホテルに戻ると、外はもう暗くなっていました。東京タワーがすぐ近くの絶好のロケーション。
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この写真を撮った後、約4時間ほど真剣に仕事と向き合い、緊張の時間を過ごしました。幸い仕事はとても順調に済み、お客さまとお別れをしたのは午後8時過ぎでした。ホッとしたら急にお腹が空いてしまいました。コンビニ食ではいくらなんでも味気ないので、あてもなく銀座方面へと歩いて行き、中華料理の桃花源に何となくふら~っと入りました。思ったよりも豪華かつ立派なお店で、ちょっと腰が引けました。
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勇気を出してお願いしたのは、海老の焼きそば一品のみ。意外に心臓が小さい私。。。ビールの小瓶もお願いし、ひとりでこっそり乾杯をしました。
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この焼きそばは、薄味で大変美味しく、最後まで頂く事が出来ました。大きな仕事を終えた達成感から、このお店で頂いたこの一杯の焼きそばは忘れられない味になりました。食事後、お店の人と熊本のことをちょっとお話をし、ホテルにゆっくり歩いて帰りました。ちょっと冷たい風が頬に当たり、ほんのり酔っぱらった体に心地良くて、思いの外気持ちの良いお散歩になりました。結局、ホテル・サンルート新橋に泊まることにしたのは、大正解だったなと思いました。翌日はもうお昼の便で大阪に帰るだけです。ホテルのチェックアウトも会員特典のお陰か、レイトチェックアウトで午後1時まで滞在可能とのこと。さあ、何をしようかな?せっか東京に来ているんですものね。心地良い疲れと共にぐっすりと休みました。


by beijaflorspbr | 2015-04-24 21:36 | 日本国内旅行 | Trackback
2013年 06月 16日

東京スカイツリーへ

この日は珍しく東京から大阪へ移動するだけという日、いつもご好意で泊めてくださる長年のお友達のO夫人をお誘いし、二人で初スカイツリーへ…。「混んでいたら上がるのをやめようね」「お天気が悪かったらこれもまた意味ないからやめようね」「そらまちだけでも楽しめそうだしね!」と適当にその時の体力と気分に合わせて行ってみることにしました。予め予約をしたりすると、雨が降ったら悲惨なことになるし、行ったとこ勝負でいいよね?といった気軽な気分。さて、最寄駅東武「東京スカイツリー駅」(元は業平橋駅じゃなかったかしら?)に到着すると、我先にと走り出す人多数。でもゆっくりで良いもんね~♪
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「当日券」売り場に行くと、約1時間待ちです、とのこと。多分大丈夫よね?と二人で張り切って並び始めました。この時点でちゃんと飲み物を買っておけば良かった…とは後の祭り。
教訓・・・スカイツリー建物内部に入ると、自動販売機や売店などの設備はないに等しく、展望デッキでのスカイツリーカフェ(当然全部割高)にしか飲み物はありませんので、ご注意を!
二人でお喋りをしているせいか(笑)どんどん喉が渇きますが、とても抜け出して買いに行く、ということも出来ない雰囲気。そのまま我慢をし1時間と15分くらいでやっと展望デッキまでのチケットが買えました。2000円也
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係の人の指示に従って真っ暗なエレベーターホールの前で待つこと2-3分、突然ふわーっと空いたドアの向こうに華やかな空間が広がりました。一斉に歓声が挙がります!テーマは「夏 隅田川の花火」だそうで、江戸切子で華やかな花火が繊細に表現されていて、何とも素敵な空間で最初から感動!
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1時間強も列に並んで待ったのに、たったの50秒で展望デッキ(350m)まで一気に登ってしまいました!
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エレベーターを振り返った時に気が付いた634の文字。
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次の瞬間パーッと広がる見事な東京の景色、皆子どものように外を夢中になって見つめていました。
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明日で開業1年という日だったので、テレビ局のクルーが複数取材に訪れていました。こちらの方々は、日本TVのZipの方々。見覚えのあるレポーターが、質問していました。
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私たちは、待ち時間10分と表示された展望回廊へ上がるために並びました。
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またエレベーターでズンズン上に上がります。ああ、楽しいなあ~♪真っ暗だったエレベーターの上が突然開けて上のロープが丸見え、歓声が挙がりました。スカイツリーにはこうして何度もサプライズの仕掛けがあり飽きると言うことがありません。高所恐怖症のお友達は少し固まりがちに・・・・(ー_ー)!!
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こんな感じで、全ての場所に詳しい図があるので、分かりやすくなっています。
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今電車でコトコトきた浅草界隈もこの通り米粒に…。
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展望回廊をぐるりと回ってみましょう、もう少しスカイツリーからの眺めは続きます。この時点で12時をはるかに過ぎ、お腹がペコペコです。。。(*_*)それよりも喉がか・わ・い・た~~~~~~~~~

by beijaflorspbr | 2013-06-16 10:49 | 日本 | Trackback
2013年 05月 01日

東京2日目

良いお天気、少し冷え込んでいるもののとても気持ちの良い朝、私はまだホテルサンルート東新宿にいます。
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ツインのお部屋にしてもらったものの、2つのベッドを使う必要もなく(笑)自然に壁際のベッドを選びました。
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何もなくても毎朝6時には目が覚めてしまう高齢者な私、この日もやっぱり起きちゃいました。思い立って、職人のSさんにお見舞いのお手紙を書き始めました。便箋3枚に思いをこめて書き、近くのコンビニで切手を買い投函しました。朝ごはんはどうしようかなあ?と思ったところにマクドナルドが!ちょうどいいや。朝マックにしよう~♪買ってきてお部屋でゆっくり頂きました。エッグマフィンもハッシュポテトもコーヒーもアツアツで美味しいこと。
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その後TVを見ながらお友達に頂いたお土産を並べてみました。まあ色々頂いてしまって大感謝。Sちゃんの和菓子は昨日のうちにお茶を淹れて食べてしまいました、ごめん(^人^)甘くて美味しかったぁ!
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部屋にいるとどうしても無線LANが繋がらないので、ロビーに下りてしばらくネットに繋いで、あれこれ検索をしたりFacebookに書き込みをしているうちに9時過ぎ。身支度をして、10時半過ぎにホテルをチェックアウトしました。ゆっくりのんびり寛がせてもらったホテルとお別れをしました。次の目的地は渋谷。先日私がサンパウロから送ったビデオレターがご縁で、こちらに一日中お邪魔してきました。普段はとても足を踏み入れられない珍しい場所も見せて頂き、スタッフの皆さまにも優しく接して頂きました。一生の思い出にします。
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夕方5時過ぎまでここにおり、電車で成城に向かいました。その夜は久しぶりにひろ子先生ご夫妻、さわちゃんたちと美味しいお食事を共にさせて頂きました。幸せ~♪ご好意に甘えてお泊りも!温かいご家族の輪の中で、とっても幸せでした。ご縁を頂き、実に40年も前からずっと気にかけ可愛がってくださったご夫妻との時間は何にも代えがたいものでした。感謝!


by beijaflorspbr | 2013-05-01 23:15 | 日本国内旅行 | Trackback
2012年 05月 04日

4月24日(火)旅日記 高崎ー東京

東京行きの新幹線はガラガラ…車内はとても静かで、ゆっくり体を休めることが出来ました。
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上野の小さな公園で満開の八重桜を愛でて・・・。
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藤棚の藤もそろそろ咲き始め。素晴らしい季節到来ですねえ。いつもこの時期はサンパウロなので、珍しい光景に感動。
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本当はこの公園、駅から職人さんの工房への近道なのですが、この時期は少し足を止めてお花を愉しむ時間を取るようにしています。本当に素晴らしい!しばし見惚れてしまいました。
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職人さんと詳細な打ち合わせを済ませて急いで東京駅へ…。その前にもう一度八重桜をチラッ!
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東京駅でKちゃんと待ち合わせて17時3分発ひかり481号で静岡駅へ。珍道中の始まり始まり…。
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by beijaflorspbr | 2012-05-04 21:53 | 日本国内旅行 | Trackback
2012年 04月 28日

5日ぶりの帰阪

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たくさんの想い出とお土産と写真を手に帰ってきました。こんなに毎日が幸せで良いのだろうか?と思うほど充実した旅でした。中には46年ぶりに再会した友や、36年ぶりに再会した教え子もいました。大変お元気な97歳と89歳の恩師ご夫婦にもお会いできました。明日からまたしばらくは大阪にいますので、ゆっくりブログと向き合う時間が取れるかと思います。今日はこのままおやすみなさいませ。(-_-)

by beijaflorspbr | 2012-04-28 23:32 | 日本 | Trackback
2011年 11月 13日

10月31日 東京日記

今回夜行バスで上京したことは既にレポートしました。大阪から2回のトイレ休憩を挟んで東京・新宿に着いたのは午前7時少し前。どんより曇り空。目ボケ眼のままポンと下ろされるので、自分がどこに立っているか分かりません。目の前にあの派手なビル。
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いくら用事があると言っても、こんなに早く着いちゃってどうしよう?と思いきや、お友達の「早く来てもいいわよ、待っているから」とのお言葉に甘えて直行してしまいました。お掃除でも手伝おうか、と思いきやちゃーんと助っ人が2人いました(笑)ルンバくんと新しく家族に仲間入りしたRくん。まるで動くぬいぐるみ、カワイイ。。。
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お昼にお友達を交えて4名で美味しい蕎麦懐石を頂きました。本当に素晴らしい懐石でした。
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ご一緒させて頂いた方とは30年ぶりの再会。昔からそうだったように、徹底した拘りのある生活をなさっていて、人は年を重ねた時にどう生きて行くべきかということを指南して頂いたような気がしました。貴重な時間でした。後そばも綺麗に頂いて、大満足でお蕎麦屋さんを後に。
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お客さまが帰られてからはRくんを独占して遊ぶ遊ぶ。。。まだまだ赤ちゃんワンコなのでやんちゃ(>_<)
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夕方、もう1か所約束があったので寄って2時間ほど仕事を片付け、バスが出る新宿界隈に戻って夕食を摂りました。何故か適当な所が見つからずウロウロ。つまりデパートの食堂街は昼はリーズナブルなのに夜は異常に価格設定が高すぎて贅沢のように思えて躊躇。かといって駅ビルなどは立ち食いそば屋のようなものが多くこれもパス。というわけであるビルの中に入っていた「五右衛門」というパスタ屋さんにしました。サラダ、スープ、ワイン、パスタ付きで1350円。これなら主婦の許容範囲でした。
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午後10時50分にバスに乗り、一路大阪へと。ワインが効いたせいか、まあ良く眠れたこと・・・。つくづく自分がどこまで逞しいんだ?と思った東京夜行バス日帰りプチ旅行の出来事でした。

by beijaflorspbr | 2011-11-13 07:13 | 友達 | Trackback
2011年 04月 04日

友旅2011年3月25日(金)東京へ

この日はもう一度西に向かいました。昨日は九州新幹線の俄か旅を楽しみましたが、今度は東海道新幹線で東京まで。お天気が良く、富士山はどうかな?と期待していると・・・。
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良く見えました!本当は居眠りをして見過ごすところでしたが、「起きろ起きろ。。。」の天の声に従って起きたらこの通り。
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とにかく震災後、どの時間帯のどの便もガラガラです。静かで良いと思いますが、こんな状態では日本経済の行く末が本当に心配になってきます。この時期例年だったらガイジンさんの大移動がみられるのですが、最近はほとんど見かけなくなりました。サンパウロ発のお花見ツァーも中止というのもお友達のメールで知りました。ある程度地震の復興と、原発問題が落ち着かないと仕方がないのでしょうか。待ち合わせの東京駅八重洲口で世界食べ歩き日記のcookery-worldさんと久々の再会を果たしました。いつもイタリアを中心に海外にご旅行をされているcookeryさん、この日もおフランスから戻られたばかりでした。先日予定が変わって関西空港にいるのですよ!とメールを頂き、とても会いたくなってこの日の再会となりました。食事場所は丸ビルにしました。
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とにかくお互いの現況を話したかったので、どちらかというと食事を楽しむというよりはお喋りに夢中になってしまいました。まずはサラダです。
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私が選んだ茄子のラザニア。
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イタリア食通のcookeryさんはPizza(確かに味見をさせて頂いたのにはっきり覚えていません)
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ドルチェも付いたランチコースはなかなか充実していました。お店の方も適当に放っておいてくれるのでゆっくりお話ができました。
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・・・で、お土産はやっぱり551の蓬莱(笑)最近本当にワンパターンな私でございます。
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二人ともブロガーらしく必死で丸ビルを撮影。「何やってんのかしらねえ~」なんて二人でゲラゲラ。お日様の加減で丸ビルが余計に立派に見えました。
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お仕事があるcookeryさんとはここでお別れ、私も御徒町の職人さんのところへ寄り打ち合わせをしてお友達のO夫人のお宅を目指しました。久しぶりのcookeryさんにお会いできて本当に嬉しかったです。旅行業界もこの震災でとても厳しい状態になっているそうですが、一刻も早く復興するように祈っています。

昨日の同窓会の時に印象的だったのが、関西地区のメンバー、特に神戸地域に住んでいる同級生が多いため、1995年の阪神大震災の時には罹災証明を取るほど家屋の損壊が多かった方ばかりだったことを知りました。
「あの時は大変やったけれど、みんなが復興というひとつの目標に向かって無我夢中で頑張ったよな」
と話していました。私などが想像もできないような苦労も、皆で吹き飛ばしたんだなあと思い、感動しました。今回の東日本の震災も復興までには何十年もかかるかもしれません。今私に何ができるのかを良く考え、息の長い支援ができたら良いなとつくづく思った次第です。被害に遭われた方々のことを他人ごととせず、日本全体で支えていけたらいいなと思いました。

by beijaflorspbr | 2011-04-04 12:28 | 友達 | Trackback | Comments(4)
2011年 03月 13日

今回の地震に思う

仙台、気仙沼、陸前高田、東松島・・・どの地もとても馴染みのある都市です。仙台市は1980年代に父が足かけ9年住んでいた街でした。さとう宗幸さんの「青葉城恋歌」に描かれているように、風光明媚、整然とした素晴らしい街です。都市の機能を備え、魚介類も美味しく非常にに住みやすい街でした。母が亡くなる前に何度か「仙台にもう一度行ってみたい」と良き思い出のある仙台を懐かしんでいました。
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気仙沼は私の親しい友人の実家があります。商店街で時計屋を長く営んでいました。お父様は亡くなられ、お母様が一人暮らしをされていたはず。彼女とも連絡が途絶えていて全く連絡が付きません。どうされたか心配でなりません。連絡が長い間途絶えていた気仙沼出身のKちゃんから何年振りかでメールを頂きました。ブログを時々読んでくれていたようです。お母様は無事のもよう、弟さんがまだ連絡が取れないそうです。
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陸前高田には高校の同級生が住んでいます。お母さんの代から美容師さんだった彼女も跡を取り、大成功して今やいくつも支店を構える大事業家になりました。Google Personal Finderで彼女の名前を検索しても消息がつかめません。皆あなたとあなたの家族を探しています。早く元気な顔を見せて安心させて!この同級生は無事だそうです。頑張って炊き出しをしているようです!良かった良かった・・・。
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東松島はNちゃんのお兄様がお住まいです。地震のすぐ後、そのお兄様と電話で話していたそうです。話している最中に「あ、また地震が来たから電話を切るよ」と言って切ったそうです。その後全く連絡が取れません。Nちゃんのお気持ちを思うと・・・。
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父がある時期、東北地区全体の責任者だった時期があり、あちこちに連れて行ってもらいました。素朴な東北の方々は本当に温厚でお人よしの人が多く、たくさんの良い思い出ができました。食べ物も新鮮で美味しい東北も永住の地にしたいなと思ったほど大好きな街でした。
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今回自分もたまたま東京に行っていて、大きな地震に遭いましたが、実際にその地にいると自分の力ではどうしようもないことがいくつも起こります。こんな時はどうしたら良いんだろう?どこへ逃げてその後どう行動すれば良いんだろう?「余震が落ち着くというのはどんな状態?」と自問自答しつつも判断が難しい場面に何度か遭遇しました。一番困ったのは、携帯電話が全然使えなかったことです。たまに気まぐれに入ってくる大量のメールにも全く返信ができませんでした。返信ができないので、更に焦ってメールが入る。こちらも返信しようと思って携帯を操作するもので、バッテリーがどんどんなくなっていくという悪循環でした。せめて公衆電話で連絡を・・・と思っても、ただでさえ少ない公衆電話の前には長蛇の列。その日は何だかとても肌寒い日で、ブルブル震えながら順番を待ちました。あまり長電話や複数の電話もできないので、取り急ぎ当夜お泊りをさせて頂くOさん宅だけに電話をしました。通じたから良かったものの通じなかったら更に心配をかけるところでした。Oさん宅も、出張に出かける予定だったご主人も取りやめとなり、車で帰宅するとのことでしたが、道路も大渋滞で家に着いたのは日付が変わる寸前だったそうです。私の前で電話の開くのを待ていたおばさんは警察でご飯を作るお仕事をされているそうで、今夜は電車がないので行けないと連絡していました。「どうするんだろう?今夜はご飯なしだわ・・・」と呟いていました。
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私はどう行動したかというと、東京にいる時間が限られていたのと、事務所が6時に閉まってしまうため、頼んでいたものを取りに行くことを優先させました。仕事を着実にしないと私も食べてはいけませんからやや焦っていました。まだ大勢の人が広場に避難していた時に、勇気を出して行動を起こしました。街を歩いていると、集団でヘルメットを被っている会社員の人たちに遭遇しました。私は何も持たない生身で大丈夫かな?とちょっと不安になりました。職人さんの工房に行った時はさすがにホッとしました。その間にも職人の奥さんから何度もメールが入ります。電車に乗ったまま恵比寿で足止めされたそうで、心配そうな職人さんを見ながらも奥さんの無事を祈りました。さて・・・このモルタル造りの狭くて汚い工房で一晩過ごすことは不可能なのは分かっていましたので、電車が動き出すまでどこかに移動しなくてはいけません。そこで思い出したのが、この工房のすぐ近くにある幼馴染のMちゃんが住んでいるところでした。ビルの8階にあるため、管理人さんに電話をしてもらいましたが通じませんでしたので、断って階段を上っていきました。エレベーターが動かないのは痛かったですが、何とか頑張って上りました。ハァハァ言いながらもやっと8階に着くと、鍵は開いていて電気も点いているのに誰もいません。誰もいない家に入るわけにもいかなかったので、そのままもう一度階段を降りて職人さんの工房へ。その間に、私はコンビニで職人さんお二人のためにカップ麺やパンやチーズなど売っていたものを買って差し入れました。その頃、大阪のボンから何度も留守番着信がありましたが運良く電話がかかり、無事を伝えられることができました。
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その後もう一度Mちゃんの家に。一人では心細いので、今度は職人さんに付いて行って頂き、階段を上りました。2回目に上った時も誰もいなかったので、下りようと思ったら元気なMちゃんご夫妻の声が聞こえてきました。「私よ、Mちゃん〇〇〇〇〇(旧姓」まあ!とビックリしていましたが、40年ぶりの再会を何とか果たしました。しかし・・・今回35年ぶりだ40年ぶりだという再会の多いこと!こんなことでもなければ再会もできませんでしたけれど。Mちゃんご夫妻は、余震があまりにも酷かったので、下に降りて避難していたそうです。彼女は作り置きしてあった炊き込みご飯とお吸い物をすぐに温めて出してくれました。全然気が付きませんでしたけれど、この時初めてお腹が空いていたのに気付きました。この時頂いたご飯の味は忘れられません。
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ご飯を頂きながらテレビを見ると、衝撃的な映像が流れていて言葉を失いました。それまで全くテレビを見る機会がなかったので、テレビに釘付けになってしまいました。ずっと電車が再開するのを待っていました。午後10時少し前に、大江戸線が全線復旧したとニュースで流れました。お友達のお宅は新宿からも私鉄で行くことができますが、その線はまだ復旧していませんでした。午後11時過ぎにやっとここでお泊りをさせて頂くことを決意しました。お風呂も地震で土台から外れた!?とのことで入れず、本当に着の身着のままで暖かいおふとんに入らせて頂きました。寝る前にコーヒーを2杯も飲んでしまったので何度かトイレに起きてしまいました。私と一緒にお泊りしたのは見も知らぬ2人の女性。ひとりは千葉に帰りそこなった人、もう一人は中学校の先生で生徒の安否を確認後、代々木上原から徒歩でこの上野までやって来られたそうです。
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携帯電話はメールは入るもののこちらからの発信は相変わらずできませんでした。夜中の1時過ぎにやっと自分のブログ記事を見ることができました。その後、立て続けに「Docomo留守番着信通信」というのが入りました。番号を検索すると、友人のSからの電話でした。何度か掛けてくれた後、やっと電話が通じました。Sの緊迫した声で眠気も一気に覚めました。ずっと心配して私に電話をかけ続けてくれていたそうです。そうか・・・こっちが心配する以上に友人たちも心配してくれているんだ。初めて分かりました。ブログに記事を出したので、安心しきっていたのでこれは誤算でしたね。Sと話せたことで安心した私は、余震の続く中何とか仮眠をとりました。午前4時過ぎに今度はメールの着信音。娘のエルからでした。「何が起こったか分かりませんが、ボンとママは無事ですか?」と。すぐに携帯からサンパウロに電話をしましたが、案の定不通です。どうやって連絡をしよう?と途方に暮れましたが、メールを送ることができたので、ちょっと安心しました。連絡が取れないというのは、「取れない」だけではなく、「取ることが不可能」ということでもあります。その意味は、自分がその立場になって初めて分かったことです。
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地震発生後から何度も何度も余震が起こったため、やっと大阪に帰ってきたのにも関わらず、体に余震を感じ続けています。まだずっと揺れている感じがして眩暈が続き、遂に胃も痛めてしまいました。今困難な立場に置かれている方々のお気持ちを思う時、何と言葉をお掛けしたら良いか分かりません。行方不明の方々がいち早く救助されることを、連絡が取れなくなった方々と連絡が取れますようにと切に祈ります。まずは被災地に義援金を送ることを実行しました。ずっと後で気づいたことでしたが、自分も多くの友人たちから心配されていたことに気づきました。その後サンパウロの家族にも連絡が取れ、安心してもらうことができました。本人たちより、友人が大騒ぎをしていたそうです。またショックは覚めやりませんが、被災された方々のご無事を祈りつつしばらくは余震のない大阪で骨休めをしたいと願っています。細切れの記事で読みにくくて申し訳ありませんでした。

by beijaflorspbr | 2011-03-13 19:26 | 日本 | Trackback | Comments(8)