2007年 08月 20日

ダイヤモンドシティーへ

我が家から、車で2~30分のところに、大型ショッピングセンターのダイヤモンドシティーがある。スーパー側は全国共通で、イオングループのジャスコが入るが、デパートは大阪の老舗「阪急」が入っているので、ありとあらゆる食材が揃う。母もこのショッピングセンターが大好きだった。バリヤフリーなので、車椅子を押して良く買い物に行ったものだ。ブログ仲間のAkkochanのお誘いを受けたので、喜び勇んで駆け付けた。食材の宝庫阪急には、揃わないものはない。展示商品の多さ、美しさ、店員の応対、全てに満足できる店だと思う。ブラジルのスーパーに爪の垢煎じて飲ませたい!日々の買い物にはグレイドが高いが、見るのは楽しい。お昼は大好物のこれ!夏野菜の天婦羅がシャキシャキしていて美味しかった!
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夏祭りで、大勢の家族連れで賑わっていた。子供が小さい時、それなりに大変だったが無邪気に一緒に楽しめたな。だんだん難しい年齢になってきて、意思の疎通に欠けることの多い我が家である。


# by beijaflorspbr | 2007-08-20 07:27 | 買い物 | Trackback | Comments(2)
2007年 08月 17日

Costcoへ…

南港ATCでお友達のOちゃんに電話をした。Oちゃんは、お仕事をしているので、お盆とはいえ家にいるかなあ?どこかにドライブに行ってしまったかなあ?と思いきや、「あんら~~近くにいるのねえ、お茶しようよ!」と快く応じて下さった。家にいてくれて良かった良かった!久しぶりにお友達と会うのはとっても楽しみ。何度か電話でやり取りをしているうちに、何もないATCでお茶するよりも、尼崎のCostcoに行かない?と誘われたので、二つ返事でOKする。前々から彼女のブログで知っていたし、近くに住む従弟の奥さんのMちゃんがこの田舎町から車を飛ばしてわざわざCostcoまで行ったんだよ、という話を聞いていたので、興味津々だったのも事実。で、迷いながらも彼女の駐車場に辿り着いた私は高級車に乗り換える。相変わらず素晴らしい走りをする車、あまりの乗り心地の良さに居眠りするムスコ(-_-;)40分くらいで尼崎の街に入る。尼崎は昔(この昔は35年前)、両親が赴任していた懐かしの地だ。東難波町というところに住んでいた。当時私はお勤めをしていたので、その家に帰ったのは数えるほどしかない。話は変わるが、ブラジルではハイパーマーケットのことを「イーペルメルカード」(「イ」と「カ」にアクセント)という。初めて聞いた時は吹き出しちゃった!発音ついでに、Costcoは日本人は普通に「こすとこ」と発音するが、本場アメーリカンな人は「コスコ」と言っているようだ。従弟のお嫁さんのMちゃんも、ウチのバイリンガル娘も「コスコ」と言うのだ。大型スーパーCarrefourの発音比較もなかなか面白い。ブラジルは「カフー」本当は「ヘ」は巻き舌で発音するらしいのだが、ほとんどの人は「ヘ」と普通に言う。日本は「カルフール」。して本場おふらんすは?人に脅かされた時に「キャッ」と言うでしょう?その「キャッ」の後に「フー」だそうだ。「キャッフー!!」(>_<)Carrefourはフランス資本の会社なのだが、サンパウロにもあちこち点在する巨大スーパーチェーンだ。何しろ売り面積が広いのなんのって!日本にも何店舗かある。今はイオングループに吸収合併されたようだ。我が家から車で30分位のところにも光明池店があるので、一度兄を連れていったことがある。「シャンソンなんかかかっていてフランスっぽいでしょう?」「フランスのスーパーにや音楽なんぞ流れていないよ!」と否定する兄貴。可愛くない!まあそれは置いといて、7,8年前に、このCarrefourで年末、しかもクリスマス商戦の時に、幻の名酒(かなんか知らんが、とてつもなく高いシャンパン)の「Veuve Clicquot」がCarrefourで2500円で売られていたのだった。もちろん買って飲んだ。その後フランスでも兄貴から「Veuve Clicquotだぞ、心して飲めよ!(-。-)y-゜゜゜」と飲ませてもらったが、全く味は変わらなかった。時々このようなご褒美があるから人生は楽しいんだよな~と思う。ああ、話が横道に逸れてしまった。その噂のCarrefourの裏手にCostcoはある。入口で会員証(年会費4000円、脱会の時にお金は返ってくるそうだ)を提示。私はOちゃんの金魚のフンで付いて行くので、フリーパス。中に入ると、突然巨大倉庫の中身がポーンと目の前に現れる。電気製品も、海外のものから国産品まで豊富に揃う。CostcoからOちゃんの家に向い、ご主人お手製の美味しいコーヒーゼリーで生き返る!愛犬ふー太との触れ合いは楽しい!私に甘えるふー太。連れて帰りたいくらい可愛い!(しかし私の二の腕の太いこと、猫背なこと、やだやだ…)
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平凡な一日を、素敵な一日にしてくださったお友達のOちゃんに心から感謝!このブログを始めるきっかけになったOちゃん、これからもご指導よろしくね~♪

# by beijaflorspbr | 2007-08-17 11:04 | 買い物 | Trackback
2007年 08月 16日

大阪南港ATC

いつも親には振り向きもしないマイペースの息子が、「外出したい外出したい」と騒いだので、暑い中しぶしぶドライブに出かけることにした。外の温度は38度!冷房をガンガンかけてもなかなか冷えない酷暑だ!「亀岡の奥の村にうまい蕎麦屋があるらしい」などととんでもないことを言い出したので、(京都の亀岡までは家から2時間近くかかるもの!)「南港行こう、南港!楽しいぞーーママのお友達もいるからうまくいけば会えるかも!?」ということで、南港ATCまで出かけた。昔の南港のイメージといえば、船着場(古~~い)という感じだが、今や大きく開けて、大きなマンションや3セクの巨大なビルや、ハイアットリージェンシーなどの外資系ホテルも堂々と聳え建ち、巨大な街を形成している。写真は、たくさん建っている中の高層分譲マンション。
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ここの一角に、ATCビルがある。6,7,8階にはIDC大塚家具のショールームがある。受付を済ませたら、希望の家具を見せてくれる。気に入った家具の参考資料をコピーして渡してくれるので、帰宅後ゆっくり検討できるところが気に入った。が、全体にハイクオリティーのせいか、値段は高めだ。もちろん品揃えは豊富だ。果たして家具は一生ものなのだろうか?私のように、賃貸マンションに住むものが、たとえ高級家具を買ったとしても家の雰囲気に合うのだろうか?我が家は「華麗なる一族」ではな~い!などと躊躇ってしまう。ただその中でもひとつだけ、ものすごく気に行ったソファベッドがあった。前に伸ばすと、1メートル90センチになる。なかなか寝心地がよさそうだ。狭い我が家の12畳のリビングにも合いそうだしピッタリ入る!
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あーでもない、こーでもないと揉めた結果、自宅に戻ってから検討しようということになった。「やった、売れるぞ!」と一瞬満面の笑顔の案内役のお姉さんの顔が少し歪んだ。冷静になって考えると、もうちょっと先送りしようか、という結論に達した。案内係りがぴったり着き、美しい家具を見続けていると私もひとつ買うかな?という気持ちになってしまう。不思議な現象だ。ブレーキをかけてくれた息子に感謝だ。たまには良いこと言うね。冷静になって今本当に何が必要かを考える機会を与えてもらった良い一日だった。その後、南港のお友達と待ち合わせて、尼崎のCostcoに連れて行ってもらい、大冒険をするのだが、この続きはまた明日書こう!

*(蛇足)私が南港に何故暗いイメージを持っているかというと、昔、今からかれこれ30年以上前、四国に出張するためには南港からフェリーで行くしかなかったのだった。夜遅く、とんでもない時間に出航するフェリーに乗り、酔っ払いの吐く酒の臭いに悩まされ、挙句の果て、帰路到着した南港では、大勢の白タクが待っており、寄ってたかってきた、という昔のトラウマを抱えているからなのだ。今や連絡橋もできたので、四国本州間は、自由に陸路で横断できる便利な時代となった。私にすれば隔世の感があるなあ~(何だか古い私。。)

**(蛇足その2)橋で思い出したが、昔(最近こればかりだ!)北海道に渡る時も、青函連絡船に良く乗ったものだった。青森から函館までちょうど4時間。船の中はどうってことないが、乗り継ぎをする駅の暗さや、波の音、人々の表情の暗さが忘れら得ない思い出だ。多分照明も暗かったのだろう。小学校2年生の時に、父が藤沢から札幌に転勤になった時に初めて乗り、最後は、今から30年前、出張で教え子を連れて往復した。札幌で講習会をして、青函連絡船に乗り、電車で移動し、仙台・東京で講習会をし、静岡まで南下した時まで、すっと体がゆらゆらと揺れていたのを思い出していた。昔のことは良く覚えているものだ!

# by beijaflorspbr | 2007-08-16 22:35 | 買い物 | Trackback
2007年 08月 14日

プリンとミーシャ

昨日はすぐ近くに住む従弟の家にお呼ばれをした。この住まいを探している時に、私が気に入った物件と従弟の家が至近距離にあるのに全く気付かなかったのは迂闊だった。たまたま有料駐車場を探すために車を走らせていて、従弟の奥さんを見かけて初めて知ったのだった。偶然とはいえ驚き、またその偶然に感謝したものだった。それから幾度も行ったり来たりして交流を深めているのだ。従弟は、今極端に不足している産婦人科医なので、年がら年中多忙を極めている。「死にそうなほどの当直」を幾晩かこなした後の開放感で、彼の顔は爽やかだった。従弟の家には、2匹の小型ペットがいて、ペット好きな私はこの子たちに会うのをとっても楽しみにしている。ニューヨーク生まれのニューヨーク育ちニャンコのミーシャEgyptian Mauという種類だそうだ。日本生まれの日本育ちのワンコのプリン。犬種はパグ
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二匹は仲がいい。そしてお互いに領域を侵すことがない。私は犬は大好きだが、猫は少し苦手。幼い時に、近所の野良猫を拾って来て、兄貴と二人で引っ張りっこをして苛めた翌朝、全身引っ掻かれて傷だらけになったことがトラウマになっているからだ。しかしそんなことを意にも介さず、このニューヨーカー猫のミーシャは、真っすぐに私を見つめてすり寄ってくる。ああ、猫も可愛いなあ~と思い始めている。ドッスンバッタンと年がら年中全身で大騒ぎをしているあのわんぱく犬のみそばかりを見ていると小型ペットに憧れてしまう。この子たちと戯れながら、頂いた心づくしの手料理は本当に美味しかった。従弟の奥さんはニューヨーカー。珍しくハイカラな料理も多く、参考になった。親戚が近くにいてくれることの有難さを噛みしめた夜だった。
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ビール、焼酎、幻の泡盛を飲んで帰宅したら、体が火照って暑くて眠れなかった!冷房をかけてやっと眠りについた。もう飲み過ぎなんだってば!

# by beijaflorspbr | 2007-08-14 10:09 | おうちごはん | Trackback
2007年 08月 11日

ゆでたまごの作り方

たかがゆで卵、されどゆで卵…。皆さんはどうやって作られますか?私は、料理研究家の堀江先生に教えて頂いたとおり、◎鍋に卵を入れ、沸騰したら弱火で12分煮て火を止める。◎冷たい水の中で皮を剥く。この通りに作ること〇十年、これが正当なのかもしれませんが、ある日、娘2が、別の作りかたをしているのを発見。最近姪っ子が、料理のプロを目指して、専門学校に入ったのですが、そこで習った方法だそうです。因みに、彼女は今、サンパウロの有名鮨店「ジュンサカモト」の厨房で修業中です。その方法だとまず間違いなく綺麗なゆで卵ができます。その方法とは…
①鍋に水をいれ、沸騰させる。
②沸騰した熱湯の中に卵を静かに入れる。(お玉か網杓子などを使わないと卵が割れる危険性あり)
③そのまま中火で8分煮る。
④火を止めてそのまま5分おく。
⑤冷たい水で冷やしすぐに殻をむく。
とまあ簡単な手順なのですが、この方法だとまず間違いありません。毎日は作りませんが、知っていると損しないゆで卵の作り方でした。

# by beijaflorspbr | 2007-08-11 11:54 | おうちごはん | Trackback
2007年 08月 09日

サンパウロ自宅付近

連日こう暑いと、冬のサンパウロが無性に懐かしくなる。サンパウロは、海抜800メートルのやや高台に位置するので、一年を通して大変過ごしやすい気候なのだ。特に我が家周辺は、市中心部から15キロほどの南方に位置し、これまたさらに高台にあるため、冬は少し寒いが夏などは大変気持ちが良い天国のようなところにある。我が家のあるCondominio(集合住宅)内の道路はすべて石畳だ。雨の日は滑るので要注意!使用人が多くおり(管理費は比較的安い)、掃除が行き届いている。
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こんなに素敵な空間をみそったら駆け足で通り過ぎてしまうのだ。我が家のいかにも涼しそうな噴水。鯉が泳いでいる(何匹かは不明)。
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ああ、ちょっとだけで良いから家に帰りたいな。今朝がた、少し(というか随分)辛いことがあった。私の逃げ場はやっぱりサンパウロなのかもしれない。ちょっとだけでいいから帰りたい!"Saudade!!"

# by beijaflorspbr | 2007-08-09 15:36 | Chacara Flora | Trackback | Comments(6)
2007年 08月 08日

1年前の8月8日

夜半から長い長い夢をみていたようだった。亡き母の夢だ。昨年の8月8日、母へ下されたあまりにも悲しく残酷な末期癌告知は私たち家族を奈落の底に陥れた。前の日記にも書いたが、脳梗塞で入院した母の食欲不振と、貧血に疑問を抱いた担当看護師の指摘により、精密検査を行った結果の残酷な告知だった。その日、外科の「診察」を受けた母は、何故か医師の前でニコニコ笑っていた。あまりにも可愛い笑顔だったので、私たちも一緒に笑ってしまった。一緒に診察室を出ようとすると、「家族の方はちょっとお残りください」との医師の厳しい顔。「胃がんの4期です。癌は食道と胃の境目にできており、腫瘍は3センチ大、ほぼ全身に転移しており、いずれ近いうちに腎臓や他臓器にも多大な影響を及ぼすことになるでしょう。手術をするのは、お母様のためにも良い結果が得られないばかりでなく、完治も望めません。一応、抗がん剤を投与し、延命を図りましょう。…半年は厳しいかな?」突然の告知に耳を疑った。何故かというと、その告知の10か月前に胃カメラ検査を受けていたからだ。その時は、全く異常がないと太鼓判を押されたからだ。むしろ、胃カメラ検査をうける原因となった「胃のくぼみ」が胃潰瘍であったことに大いに感謝したものだった。癌というのは、そんなに急激に進むものなのだろうか。

そして自分を責めた。責めて責めて責め続けた。何故私が付いていながらこんなことになったのだろう?何故無力の母を守ってあげられなかったのだろう?母は何も悪いことしていないのにただただ家族を守り尽し愛してきただけなのに・・・・泣いても泣いても結論は出なかった。私はその日から絶望のどん底に陥った。すぐに海外在住の兄に連絡を取った。彼もまた苦しんでいた。仕事があり、すぐに帰国できないジレンマと闘った。兄貴はお母さんっ子で、母をとても大切にしていたからだ。電話しながら一緒に泣いた。TS-1という抗がん剤も2週間でギブアップした。鎮痛剤から麻薬系鎮痛剤に変わり、モルヒネに変わった頃母の体は次第に衰弱していった。口癖は「もういい」「痛い」「しんどい」だけとなった。

一年経った今も私は心に傷を、しかも大きな傷を負っていてこの時期はあまり元気がない。夢は、母を預かってくれている場所の電話番号を教えてもらい電話をするのだが、なかなかかからなくて困っているという夢だった。母に会えるなら・・・と電話をするのだが通じない。ああ、本当に天国にかけられる電話があったら良いのに…!心に受けた深い深い傷に治療法はあるのだろうか?


# by beijaflorspbr | 2007-08-08 06:56 | 両親を想う | Trackback
2007年 08月 07日

伊丹空港

久し振りといっても、7月18日に私自身が伊丹空港に到着したのでしたね。昔は、伊丹空港の国際線ロビーから成田経由で海外に飛び立ったものでした。今は、その旧国際線ロビーが、ANA専用になっています。その後、関空が開港し、関空~成田(すでに国際線)~ロスアンゼルス~サンパウロというコースで飛んでいた時期もありました。今は専ら、伊丹~成田(国内線でも荷物はスルーでサンパウロまで預かってくれるので楽)成田~ニューヨーク~サンパウロのコースが定着しつつあります。先日、カナダ・オタワ在住の従弟の娘を一晩預かり、賑やかにブラジルのお肉を振舞い楽しい時間を過ごした翌朝、5時に叩き起して伊丹空港まで送って行きました。彼女のフライトコースは、伊丹~成田~シカゴ~オタワで、19時間くらいかかるそうで、南米線とあまり変わらないなと思いました。経由便ってそうなのですよね。私も昔は良く比較的安い経由便でいろいろなコースから日本入りをしたものです。
サンパウロ~パリ~チューリッヒ~関空
サンパウロ~パリ~フランクフルト~成田~LA~サンパウロ
サンパウロ~パリ~アムステルダム~関空
サンパウロ~パリ~ロンドン~関空
どうしても時間が余分にかかるのですが、その分、色々な国で人間ウォッチングを楽しめたので、良い経験になりました。何も知らずに時間ぎりぎりで皆で走ったり、荷物が出てこなくて怒ったり、滅茶苦茶な言葉で荷物係りのおじさんにまくし立てたのも良い思い出です。空港にはそれぞれの雰囲気と匂いがあり、ドラマがあります。さて前日に近所のスーパーで、従弟一家へのお土産として山ほど生ものを購入し、トランクをぎゅうぎゅう詰めにして荷作りは完了。出発前に、伊丹空港を散策、どの空港も同じような感じですが、ここはお店も色々あって歩いているだけで楽しめるので、好きです。成田行き3002便専用カウンター。ここで事実上のチェックインをする為、セキュリティーチェックが行われ、目的地まで荷物を受け取ることができません。一般のチェックインカウンターも、ターミナルもかなり混み合っています。大阪といえばやっぱり551の蓬莱ですよね。カナダのお土産に持たせたかったけれど生ものなので断念、臭いしね!色々なお土産店を散策するのは楽しいなあ~♪(私結構好きです)この駄菓子屋さんは面白かった!彩りも綺麗でした。亡き両親と良く行った和甲、父は茶そばを、母とは天ぷらを食べましたっけ。私の朝食です。注文してから1分くらいできたのでびっくり!
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Kちゃん、行ってらっしゃい~♪英語も話せず、中学の時に両親と共にカナダに渡って、苦学して今や医学を目指す大学生になりました。やはり空港に行くだけで旅気分を味わえますね。今回は早朝(7時~8時半)で名物かつくらのトンカツは食べそこないましたが、きっと次回はね!夏バテをしていても、食い意地は張っている私なのでした。

# by beijaflorspbr | 2007-08-07 09:42 | 飛行機(搭乗記) | Trackback
2007年 07月 31日

そうだ 京都行こう

JR東海の宣伝は実にうまい。多くの日本国民を、京都へ京都へと誘う。いや、京都は日本国民だけでなく、世界中から人が集まる地だ。この時期は、日本人観光客よりも、外国人観光客の方が圧倒的に多いようだった。先週、東京の友達が京都までくるというので、歓迎会を兼ねた食事会を催した。そのお友達はバイタリティーにあふれた人だ。愛車ハーレーを駆使して、日本全国を回る。因みに、彼女の年齢は私と同じ。とても真似はできそうにもない。私は自転車と4輪車の運転で手一杯だからだ。私はその日、まだまだ時差ボケを引きずっていたので、私鉄の中で爆睡してしまった。京都までのルートは何通りもあるが、考えた末、阪急電車で河原町まで行くことにした。急ぐ旅じゃないし、との~んびりひたすらのんびり。6時の食事の約束時間まで、余裕があったので、夕刻の河原町通りを散策した。いつ通っても美しい鴨川。納涼床の準備に大わらわだった。ああ、いつかは行きたい床!床の相場は、1万円以上らしいので、清水の舞台からどぼんと降りないといけないかも。確かに暑いのに、風が吹き抜けていて凌ぎやすかった。京都の散歩は夕刻に限る。和服美人がたくさん歩いている。ああ、京都らしい!芸妓さんが、美しい京言葉で話をされていて聞き惚れてしまった。歩き疲れたガイジンさんの団体が、あちこちにいた。真っ赤な顔してお疲れさま!河原町通は、いつも人で溢れかえっている。重たいお土産は後で買うに限る!高台寺へと続く階段(これがけっこうしんどいんです)
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買いもしないのにあっちふらふらこっちふらふら、これが楽しい!茶わん坂の外国人で賑わうお土産屋さん。高台寺から三寧坂二寧坂は、なぜか韓国人の団体さんでいっぱいだった。やっと清水寺入口に到達(が、5時過ぎていたので入らなかった)
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ここで5時20分、約束の時間まであと40分。バスで京都駅へ急ぐ…。(続)

# by beijaflorspbr | 2007-07-31 16:43 | 日本 | Trackback | Comments(4)
2007年 07月 28日

7月18日の日記 成田空港~伊丹空港~自宅へ

成田での待ち時間は約3時間強。どう過ごすかはそれぞれだと思うが、私の場合は、時差ボケ解消も兼ねてとにかく歩きまわる。隅から隅まで歩き、本屋で立ち読みもし(本は重たくなるからここでは買わない)、次々と飛び立つ飛行機を見に行ったりもする。のどが渇いたら喉を潤し、小腹が空いたら軽い食事を摂る。なかなかこの時間が楽しいのだ!今回は、スタバでこんなものや、大好物の讃岐うどんを頂いた。成田で食事を摂ろうと思うと、その値段の高さに驚かされる。このメニューの中で一番安いざるうどんでさえ、780円もするのだ。でも最高に美味しくて体中にしみわたった。私は無類のうどん好きなのだ。

まぁ、ぶつぶつ言っていないで先に進もう。私は、国際線から国内線に通じる歩く歩道が大好き。いちばん奥には、JALの事務所があり、海外から到着したCAさんや今から出発するきりっとっしたユニフォーム姿の方々を垣間見ることができるからだ。早めに行かないと、ちょうどブラジル時間の真夜中に当たるため、猛烈な睡魔が襲ってくるので、まずいことになる。「転ばぬ先の杖」というわけだ。広々とした待合室には、ブラジルから来た若者の団体さんが陽気にダンスを踊っていた。ブラジルの若者がこんなに大挙して物価の高い日本に旅行に来られるほど、通貨REALの価値が高いということなのかな、などと考えつつ荷物検査場と通過。その後はラウンジに入り、お楽しみの生ビールを1杯頂いているうちに、搭乗の時間になった。搭乗前にビールを飲んだりする行為がどのようなことに繋がるかは、ご想像にお任せするが、ある場所に行っていたら、私の名前が呼ばれて焦ってしまった。「××さま、大至急搭乗口までお越しください。この飛行機は最終搭乗案内をしております」だそうで、走りながらも言い訳をする。「すぐそこにいたのに、そんなに大声で呼ばんでも・・・」とぶつぶつ呟くと地上職員が「申し訳ございません」と平謝り。悪いのは私なのにね。伊丹行きは小さい飛行機なので、飛行機が止まっているところまでバスで行くのだ。JAL3005便に搭乗しよう。
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昔飛行機に乗る時は、こんな感じだったなあ~と妙に懐かしくなる。ただ、あまりにも小さい飛行機なので、荷物置き場に頭をゴンとぶつけてしまった。イタタ…もくもく空中散歩をまたもや存分に楽しめた。青く抜けるような空、飛行機雲、JAL機の赤のコントラストがなかなか良かった。上空からの大阪の風景、小1時間順調に飛んだ飛行機は、たいして揺れることもなく無事伊丹に到着した。やれやれ・・・と飛行機を降りる乗客たち
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この空港から、リムジンバスで40分、私鉄で30分、そして駅から徒歩7分で「日本の我が家」に戻ることができる。インターフォンを押しても反応がない、ひとりは外出中で、もう一人は昼寝中だった。。ともかく、こうして長旅は終わった。サンパウロの自宅を出発してから36時間が経っていた。

# by beijaflorspbr | 2007-07-28 11:46 | 飛行機 | Trackback | Comments(4)