ハチドリのブラジル・サンパウロ(時々日本)日記

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2009年 09月 30日

ふつうなごはん

なかなか時間が取れない我が孫弟子たち。彼女たちとの付き合いもかれこれ30年近くなります。いやはや…長い付き合いになりました。ある日、仕事の都合を付けて本当に久しぶりにご飯を食べに我が家にやってきました。私にとっても彼女たちとの交流は楽しみなもの、その割にはメニューはシンプルです。お友達の畑で採れたカボチャの煮つけ。ホクホクというより瑞々しい食感です。
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今が一番美味しい秋茄子、ピリカラ味でなかなか好評でした。
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ほうれん草のおひたし、野菜サラダはオリーブ油で味付けました。
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定番のお肉用のモーリョ。この時期の細いアスパラは軟rかくてとっても美味しい!
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孫弟子ちゃんたちの大好物、鶏のから揚げ
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野菜いっぱいの餃子、ボンから「もっと肉入れて!」とリクエストがありました。
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Nちゃんお持たせのデザートはクッキーシューとお彼岸のおはぎ。シュークリームはボンがほとんど食べてしまいました(>_<)うぅ~~
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残り物は全部お持ち帰り!何だかすっきりしましたよ。楽しく食べて話してたくさん笑って和やかな時間をすごしました。彼女たちを見送って家に帰ってきたら…伯父の心臓が止りそうと従姉からのメールで病院にすっ飛んで行きました。私が到着したら既に伯父は息を引き取った後でした。それからが我が家の戦争の始まりだったのですが、それはまた後日…。

by beijaflorspbr | 2009-09-30 21:14 | おうちごはん | Trackback | Comments(4)
2009年 09月 29日

マイカーとお別れ。。。(涙)

2003年4月、我が家にピカピカの新車がやってきました。その名は「プラッツ」聞きなれない車名ですがTOYOTA車のヴィッツのセダン型です。父も母も身障者だったため、社会福祉事業団から一時貸与して特殊装備をしたうえで納車されたものでした。持ち主の手元に車が届いてから毎月月賦で13カ月支払って我が家の所有車となりました。
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この車は私の家族と苦楽を共にしてきました。ある時は病院へ、ある時は買い物へ、ある時はお迎えに、雨の日も風の日もずっと私と一緒でした。車椅子の出し入れが厳しいと思ったことも何度もありましたが、母のためと頑張りました。私が病を得た2004年は娘が運転をしてくれました。父が亡くなった時も大活躍。その後母を勇気づけるためにあちこち連れて行ったこと、そして2006年に母が倒れた時もこの車に乗って毎日うだるような暑い中を病院に通いました。いつもたくさんの荷物とたくさんの思いとたくさんの思い出を乗せてこの車はしっかりと働いてくれました。
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今回の伯父の葬儀関連の際も何十回と坂を登ったり降りたり送り迎えをしたりして大活躍してくれました。最後のお勤めも充分に果たしたので後悔はありません。今はこの少しだけ古ぼけてしまった車に感謝です。
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車を手放そうと思ったきっかけは、半年は全く使わないということからでした。せっかく車がありながら外の駐車場に野ざらしにしているのが忍びなかったからです。確かに地方に住んでいるので車があった方が便利です。しかしながら、維持費も半端な額ではありません。何より充分に走れる車なら誰か必要な方の為に譲ろうと思ったからなのです。助手席でいつも微笑んでいた母の柔らかい笑顔が鮮明に思い浮かびます。
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さようなら、両親のそして私のプラッツちゃん。長い間お疲れさま、本当にありがとう。最後の仕事は娘の関西空港お迎えです。走行距離は僅か37000Kmでした。

by beijaflorspbr | 2009-09-29 10:55 | 家族 | Trackback | Comments(4)
2009年 09月 28日

忙しい日々を過ごして…

伯父の急逝から葬儀、後片付けまで、本当に慌ただしい日々を過ごしていました。我が家には、二人の叔母さまがお泊りされていましたので、その間ブログに記事をアップするどころか、PCを開ける暇もないほど忙しく、やることの多さに途方に暮れることもありましたが、何とか無事に終了いたしました。この4日間、いつもと変わらず多くの方々にご訪問をして頂き、心から感謝いたします。今日、札幌の叔父さまご夫妻を関西空港にお送りし、お役御免となりました。帰宅後4時間ほどお昼寝をしましたので、今の私はとっても元気です!!!また明日から頑張りますので、宜しくお願いいたします。
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帰伯まで約2週間、急な仕事も入り、もう少し頑張らねばなりません。上手にスケジュール調整をしながら、体調を整えていきたいと思います。

by beijaflorspbr | 2009-09-28 22:33 | 人生 | Trackback | Comments(2)
2009年 09月 24日

伯父さまご逝去

今日の午後10時24分に闘病中だった伯父さまが息を引き取られました。享年85歳。亡き父のすぐ上の兄でした。第一報を受け、すぐに病院に駆けつけると、母を見送った同じ病棟でした。顔なじみの看護師さんが挨拶をしてくださいました。あの日の哀しみが一度に襲ってきて、泣いている従姉よりも私の方がどうかなりそうでしたが、すぐに冷静になり、ご遺族を励ましたり細かい打ち合わせなどをこなせるようになりました。

人の死は何度経験しても重いものです。伯父は若い時は野球をやっており、晩年までゴルフを嗜んでいました。父が79歳で亡くなった時もしっかりしていて「わしが〇〇(父の名前)の分まで長生きするぞ」と言っていました。お酒と煙草を愛し、晩年までそれらを健康に関係なく続けていました。胃がん,すい臓がん、肺がんを患ってもそれらを見事に克服し、元気でピンピンしていて皆からは「奇跡の人」などと呼ばれていました。

その伯父も今年の4月に肺がんが再発し、末期と宣告されて闘病生活を送っていました。先日兄たちとお見舞いに伺った時は、兄たちのことも良く分かり、ちゃんと私の目も見て「ハチドリか…」と言ってくれました。

何度も何度も不死鳥のように蘇った伯父さまも今回だけは神様に連れていかれてしまいました。奇しくも母が旅立った翌日です。伯父さまのご冥福を心よりお祈りいたします。ご遺族である高齢の伯母や従姉たちの支えとなりたいと思っております。

by beijaflorspbr | 2009-09-24 23:59 | 思うこと | Trackback
2009年 09月 23日

今日は母の命日

私の最愛の母は2006年9月23日、午前1時15分に息を引き取りました。思いもかけない壮絶な最期にずっと見守ってきた私は言葉もありませんでした。未だにその思いはずっと引きずっており、母亡き後、何度も何度も途方に暮れたものでした。ひとりぽっちになってしまったような強い孤独感を感じました。こんなにも母を頼りにしていたんだな、母の姿を追っていたんだな、元気で当たり前、生きていて当たり前と思っていた人がこの世から消えることの恐怖。未だに私の心は癒えていません。
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真夜中の1時15分、私は一生懸命天国の母に向かって手を合わせていました。お母さん、私頑張っているよね?」答えはありません。でも祈っていると不思議に落ち着きます。
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午前中の買い物を終え、ボンと両親のところにお参りにいきました。丁寧に布で拭いて無言でお掃除をしてきました。それから長い長い祈り、今もきっと両親が守ってくれているのだ、と強く感じました。
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人間の寿命というのは予め神様から決められていると言ったのは誰だったか、もし寿命が決まっているのであれば与えられた命を精一杯生きたい。こうして両親の命日が来るたびに命の重さ、尊さ、残されたものの喪失感や哀しみに思いを馳せるのです。命って本当に重いですね、ましてや親なればなおさら…。
(写真は母が「もう一度行ってみたい」と言っていた仙台・広瀬川の風景です)

by beijaflorspbr | 2009-09-23 22:28 | 両親を想う | Trackback | Comments(10)
2009年 09月 22日

サンパウロマザーズ「まるしゃん」に集まる

何度も書いてきた神田須田町の「まるしゃん」は幼馴染のともちゃんが守ってきた宝物のようなお店でした。そのともちゃんがシェフを引退すると言うので最後のチャンスと、親しいサンパウロマザーズ(息子のサンパウロ日本人学校時代の母の集まり)が集合。美味しいランチを頂きながら話が弾みました。参加者はKさん、Mさん、Nさん、サントスから一時帰国中のSちゃん、そして私の5名でした。とっても楽しみなランチ会の前にどうしても寄るところがあったので、新大阪出発は7時13分と早めです。
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お昼にはご馳走を食べるのだから、朝ごはんは抜こうかな?とも思いましたが、きっと途中でお腹が空いちゃう、、。お気に入り、ドトールの小さなサンドイッチとアイスコーヒーを購入。朝5時起きで出てきたので、あっという間に完食です!
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静岡を過ぎたあたりからカメラを構えて狙っていましたが、富士山は雲に包まれて見えません。この時期、綺麗な富士山を見られた例がありません、ガッカリ…。
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走って用事を済ませ、打ち合わせも順調に済み、向かった先は秋葉原駅。ここでMさんと待ち合わせをし、お店に向かいました。まるしゃんは秋葉原から歩いても至近距離にあります。久しぶりに会ったお友達、皆とっても元気そうでした。久々の再会を賑やかに喜び合います。
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Sもブラジル製の杖を突いて来ていました。おお、元気そうで一安心だわ。早速ともちゃんが腕をふるってくれたお料理が並びます。美しいアンティパストの一皿。皆優しいお味で美味しいこと!喋りながらあっという間にパクパク頂いてしまいます。
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メインはオマール海老のグリル、海老の上にはホワイトソースもかかっていて味噌の味も濃厚で素晴らしい一品でした。爪もハサミで切って綺麗に食べました。手前にはお肉も盛りつけられていました。皆パンで拭って何もなかったように(笑)綺麗に頂きました!
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次はパスタです。ともちゃんオリジナルの「カラメンロミーノ」皮の中はたくさんの魚介類が詰められていてトマトソースと実に合うのです。これも皆とても気に入っていました。ともちゃんのトマトソースはいつ頂いても絶品です!
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最後はフルーツサラダ&コーヒーでした。このフルーツサラダには何が入っているでしょう?とともちゃんからクイズが出されたので皆で当てっこしました(笑)。
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この仲間は例え何年ブランクが空いてもたくさんの思い出を共有しているので話が尽きることがありません。お仕事で来られなかったYちゃん、Aさん。遠くに住むKちゃん、またハチドリ帰国の際にお会いしましょうね。皆時々でもこのブログを覗いてくれているようなので、とても嬉しかったです。シェフのともちゃんも加わって一緒に近所の喫茶店「ショパン」さんに行ってゆっくりお茶をしました。
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私はいつもの「あんオーレ」あんこの味がソフトで美味しい!
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楽しい時間を惜しみながらも容赦なく時間は過ぎていきます。皆と別れを惜しみつつ西と東に分かれました。解散後、翌日の仕事に備えるために秋葉原から東京駅経由で大阪に向かいました。子どもたちが同じ時期を過ごしたサンパウロでの思い出は子どもたちやお母様たちにはどう映ったのでしょう。と思うと同時に、あの頃のとっても楽しかった思い出をしみじみと思い浮かべたことでした。良いお友達に囲まれたあの時期がとても貴重なもののように思われました。サンパウロマザーズの皆さん、本当にありがとう!そして美味しいお料理を提供し続けてきたシェフのともちゃん、長い間お疲れさまでした!最後に最高に美味しいお料理を頂けて幸せでしたよ。これからも頑張ってくださいね。尚「まるしゃん」はマネージャーが後を継いでお店は存続します。たまには寄らせてもらおうかな、と思っています。ともちゃん、本当にありがとう!

by beijaflorspbr | 2009-09-22 20:01 | 友達 | Trackback | Comments(6)
2009年 09月 21日

Nちゃん家も地デジ化

Nちゃんから電話がかかってきました。「うちのテレビいよいよダメになっちゃった。とうとうパン!とショートしちゃったの。液晶テレビのことはさっぱり分からないので、ハチドリちゃん一緒に行ってくれる?」前のテレビはNちゃんの夫であるKが健在な時にボーナスで購入したもの。我が家のテレビと似たり寄ったりで結構年季が入っています。エコポイントだ、買い替えだ、省エネだと世間が騒ぐ中でもひたすらアナログに耐え頑張ってきたNちゃん家とハチドリ家。Nちゃんは亡き夫との思い出があり、ハチドリ家も亡き両親との思い出がある家電は壊れるまでは買い換えられません。便利だし省エネだし映像もきめ細やかで綺麗なのは重々承知していますが、どうしても心情的に捨てられないものです。さて、土曜日の夜にYデンキに私が運転して行ってきました。広い広い店内でもテレビ売り場は一番奥。
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テレビ売り場をグルグル何度も回って悩みました。最初からシャープのアクオスにしよう、と決めていたものの、メーカーから出張してきたP社やT社、果てはH社、M社の方が入り乱れてお客さんを狙って近づいてきます。シャープを見ていると〇〇の機能はP社が上です、なんて説明するとS社をやめてP社のVにしちゃおうかな?などと心がグラグラ動きます。30分ほど右往左往して悩んだ末買ったのがこれ。32型、ブルーレイ内蔵というものです。最初は37型を買おうと意気込んでいたもののどうしてもNちゃん家には大き過ぎると気付きました。このブルーレイは故障しても外せるタイプなので、修理の際もテレビを一緒に持っていかれないのでいいよね、とNちゃんも大満足。この9月に発売された新製品だったので、18万円ちょっととお高めでしたが、エコポイント、Y電気のポイント還元などで最終的には13万円くらいになるのです。随分安くなったものですね。壊れた時が買い替え時、我が家のハイビジョンテレビはいつまで持つのでしょうか。壊れなければケーブルも入っているので、2011年を過ぎても買い替えなくて良いことになります。今日Nちゃんの自宅に届けられます。
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さて、テレビも買ったので、そのまま堺の人気回転ずし店の「大起水産」へ。土曜日の夜なので混雑を心配しつつ行きましたが、20分待ちで座れました。
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お客さんの数も多いので、どんどんお寿司が流れています。お寿司がおしくら饅頭状態です。
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まずは蟹、うに、いくらの盛り合わせを。
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イカともう一度蟹を取りました。蟹が大好きなんですよね~(*^。^*)
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数の子とサンマ、1貫食べて「あっ!写真」と気づきました(笑)その他何皿かは撮り忘れております(/_;)Nちゃんに笑われました。
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何故か冷房がきつかったので、お腹が冷えてしまいました。温かい赤だしでホッ!
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Nちゃんのお父さまは網元さんでしたから、お魚が入ったお味噌汁はいつも飲んでいたので懐かしいわと喜んでいました。静かでも楽しい時間でした。さあ、新しいテレビが着いた頃を見計らって偵察に行くとしようかなあ~♪ハチドリ家のデジタル化はもう少し先に延びそうです、、、。ちょっぴり羨ましいし、心もグラグラ揺れてはいますが、もう少し我慢します。

by beijaflorspbr | 2009-09-21 23:58 | 買い物 | Trackback | Comments(4)
2009年 09月 20日

娘パト バンクーバー、シアトルへ出発

私が最近頻繁に訪れる場所はここ関西空港です。先週も兄夫婦の見送りにきたばかり
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今回はHISに航空チケットを依頼しました。本人が格安航空券で良いと言ったからです。コースは関西空港~ソウル(インチョン)~バンクーバー(3泊)~シアトル8泊)~ソウル(インチョン)~関西空港です。コーリアンエア、ユナイテッド、コーリアンエアと乗り継いで29日に帰国の予定です。航空運賃は全部で約14万円。
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初めての一人旅に前夜からもうドキドキ、、。緊張した面持ちをしています。
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シルバーウィーク前で飛行機は満席だそうです。韓国は今大人気ですものね。私のようなおばちゃんがたくさんいました。私も行きたいわ~ん。
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大混雑でチェックインまで30分ほどかかってしまいました。
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コーリアンには一度だけ乗ったことがあります。1975年の米国出張の帰りでした。エンジントラブルで24時間遅れ、ロスアンゼルス空港で足止めになってしまいました。空港近辺の綺麗で清潔なホテルに泊まらせてもらったので、ラッキーと喜んだものの日本に着いたらいきなり忙しい仕事に巻き込まれてしまいました。まだ20代前半の思い出です。娘は聞いたことも見たこともない航空会社で不安だったようです。「ちゃんと飛んでくれるかなあ?」「大丈夫よ」などという会話が何度か繰り返されました。彼女は非常に臆病ですから、このかーちゃんと違って果敢に取り組む姿勢があまりありません(;一_一)メッ!
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なにはともあれチェックインも無事済み、荷物を2個預けて身軽にリュックひとつになった彼女、一生懸命ランチのお店をキョロキョロ物色中です。
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今日は何でもご馳走してあげる、好きなものを選びなさい。といって選んだのがここ「サンマルク」系のお店でした。パンの食べ放題にドリンクバーを付けたランチです。
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パトちゃんはチキンフライ、デミグラスソースかけ
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私はグラタンを選択。アツアツなのでフーフー言って食べました。
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パンは6個くらい食べたかな?(笑)お腹がいっぱいになりました。
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ゆっくりご飯を食べていたらもう搭乗時間が迫っています。パトと抱き合ってお別れ。要領が悪いのか、慣れていないのか、パスポートとチケットを早々としまっています。液体の袋も出すのに手間取っています。ああ、手伝ってやりたい。いやいやそこじゃなくもっと奥!そう奥に入っているから上のものを出さないと~~って大声で叫びたくなるのをこらえました(笑)。「ママはそうやって子どもをダメにする…」と次女に叱られたばかりですからね(>_<)。。まあ黙って見守るしかありません。首を伸ばして見守っていたところ、何とか荷物検査も無事済み、出国管理に進もうとしますが、キョロキョロ…あっちとあっち!と指を指しても本人は私が見守っていることに気づかない(>_<)まあ私よりも英語ができるんだからきっと何とかなるよね、あまりの過保護ぶりに我ながら呆れてしまいました。はぁ~疲れた。。。
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疲れただけではなく何だか寂しい。。。そうか、パトの存在もすごく大きかったんだな、と気づきました。
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大韓航空ってどんな席なんだろう?今頃何を考えているんだろう?頭は不安そうな顔でキョロキョロしながら出発したパトのことで占められていました。
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長いエスカレーターに乗って駐車場に戻りましょう。
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ふと時計を見たらあと20分くらいで出発ではないですか。こりゃ見送らない手はないな。喜び勇んで展望ホールへ車を走らせます。5階建ての結構立派な建物なのです。駐車場は20分で100円、飛行機マニアが立派なカメラを持って構えています。お天気が悪いのが残念!
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展望ホールには、売店やレストランもあります。
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こうしてかぶりつきで見ているおばちゃんたちもいます。「JALは経営難言うてるけど頑張って欲しいわなあ~頑張りぃやJAL~~」と飛行機に向かって一生懸命手を振っていました(笑)。
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5階のベランダに出てみると、パトの乗ったKoreanAirが駐機していました。ああ、あれでインチョンまで行くのね。少し胸が熱くなりました。一生懸命働いて貯めたお金でやっと夢のアメリカへ、楽しんできてね!と声をかけました。
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初めて見るウズベキスタン航空機
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可愛いJALちゃんも飛んで行きました。
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・・・っと見ていたらKoreanが牽引されバックし始めました。 滑走路をどんどん奥へ進みます。ああもうすぐランディングだわ。ドキドキ…
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ゴーーーーっという音がしたと思ったらふわ~っと機体が浮上しました。見事な離陸でした!パチパチー☆パトちゃん行ってらっしゃい~~10日間の旅、楽しんできてね!昨日無事到着、「何の問題もなかったよ!」と元気なパトの声が聞けました!心配するのは母親ばかりなり、、、。トホホ…。

by beijaflorspbr | 2009-09-20 10:17 | 家族 | Trackback | Comments(10)
2009年 09月 19日

JALへ要望書を送る

連日の報道に対して不安を感じ、下記のような要望書を日本航空に送りました。小さな力でも大きな力になることを信じて…。1000文字以内と書かれていましたので、全ての思いは書ききれていません。

昨今の報道の中で、国際線の路線見直し策として、ブラジルサンパウロ線も完全撤退というのを耳にし、とてもショックを受けており夜も眠れないほどです。私はサンパウロに嫁いで33年、JALが定期便を就航した20数年前から変わらずJALを愛し、信頼しずっと利用し続けてまいりました。20年前からは孫を両親に見せるため、そして10年前からは両親の介護、そして現在は日本で暮らす子どもの様子を見るために年に2回は往復している自他認めるJALファンであります。2006年、母が脳梗塞で突然倒れました。その際も一番早い便で帰国できるよう、手配してくださったのも信頼のJALでした。帰って精魂こめて看病したものの母は残念なことに2ヶ月後息を引き取りました。傷心の私を帰りの機内で迎えてくださり、優しい心配りをしてくださったCAさんの優しい顔は一生忘れることはできません。私や家族の人生のあらゆるシーンにはいつもJALがあります。移民で苦労をされた老移民の方々のためにも、日本とブラジルの架け橋であるJALの翼をブラジルからサンパウロから消さないでください。どうかブラジルに住む、そして南米大陸に住む多くの在留邦人の足で在り続けてください。存続を切望します!

「返事不要」としましたがJAL側から丁寧なお返事を頂きました。

ハチドリ 様
平素よりJALグローバルクラブ会員として格別のお引き立てを賜り、厚く御礼申し上げます。この度は、海外航空会社との提携および資金調達、路線運休等に係る報道についてご意見を頂戴し、誠に恐縮に存じます。ハチドリ様には、長年にわたり当社をご贔屓いただきまして、数多くの成田-サンパウロ線をご利用をいただいていますことを、心より厚くお礼申し上げます。現在、当社グループは、安定的に利益をあげ、健全な財務体質を維持できるよう経営改善計画をとりまとめております。今回の報道は、現時点で決定しているものではなく、ご心配をお掛けし申し訳なく存じます。ハチドリ様のご要望は、担当部署に報告を行い今後の路線策定の際の貴重なご意見として参考とさせていただきます。当社は、ハチドリ様をはじめ、多くのお客さまの温かいご声援を糧に、再建に向けて社員一同取り組んでまいりますので、今後ともご愛顧賜りますようお願い申し上げます。
株式会社日本航空インターナショナル カスタマーサポートセンター〇〇〇 〇〇


真摯な回答に、今こそ社員一丸となってこの危機を乗り切ろうという意気込みが感じられました。結果はどうあれ、表現させていただいて良かったと思いました。以下私とJALとの思い出を語ってみたいと思います。1975年7月のことでした。私と同僚のSさんはアメリカに1カ月の出張を命ぜられました。その時は2回目の渡米でしたが、当時の日本航空は高根の花であの鶴のマークを見ては強く憧れたものです。いつか鶴のマークの飛行機に乗りたい、乗れるようになりたい、というのが私のささやかな夢でした。

それから結婚し、何年か後には「夢の日本航空」直行便がサンパウロにやってきました。当時は週1回くらいの運航で、機体も小さかったような記憶があります。その頃はVARIGに強いコネを持つ親しい友人もいたため、時々はJAL、時々VARIGと航空会社は決まっていませんでした。JALに絞ろうと決めたきっかけはグローバルクラブへのお誘いが来た時でしょうか、ある方に頂いたチケットがビジネスクラスだったので、マイルが一気に貯まったのでした。普通にエコノミーで何度か往復してもなかなかマイルは貯まりません。これを機に、ブラジルー日本の往復はJAL1本に絞りマイルを集中的に貯めることにしました。そのうち度重なる両親の介護で往復する回数も自然に増えていきました。何百回往復したか、数えきれません。JALでの生涯マイルも50万マイルはとっくの昔に超えてしまいました。

2004年4月13日、私は直腸がんに罹り4時間に及ぶ手術を受けました。その後3週間入院、退院後1カ月自宅療養をしてJAL機でサンパウロの自宅に帰りました。未だに後遺症を抱えていたため、お手洗いのすぐ前のビジネス席を確保、フラフラする身体を支えてくれたのは客室乗務員の方でした。目が合うと「何かお持ちしましょうか?」温かい心配りに感動しました。降機する時もふらつく私を支えてくれたのは男性ブラジル人
乗務員でした。成田からずっと車椅子で帰ったのはその時だけですが、強く印象に残るフライトでした。こんな病弱な身体で他の航空会社だったらどうなっていただろう?と。

旅は楽しい時ばかりではありません。父が亡くなったという知らせを聞いて乗った時母が倒れたという連絡で飛び乗った時、そして親を見送った後も私は本拠地であるサンパウロに戻らなくてはなりません。「どこの飛行機でもいいじゃない」と友人たちは言いますが、きっと私はJALが一番好きなのでしょうね。飛行機の構造、好きな座席、乗り心地、機内食を出すタイミング、揺れ方、アナウンス、トイレの混み具合に至るまで全て分かっているJALが安心なのです。この年になると冒険心がなくなります。

まだまだどうなるか分かりませんが、自分にできることをこのブログから発信できたら、と思います。きめ細やかな心配りができるのがJALの最大の長所、今までに何度も往復する中でたくさんの良い思い出を作って頂きました。これからもJALの翼がサンパウロの空を飛び続けてくれることを願ってやみません。(私の一番好きな飛行機、ボーイング747-400機)今も元気に日本とサンパウロを飛んでいます。
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by beijaflorspbr | 2009-09-19 08:39 | 飛行機 | Trackback | Comments(19)
2009年 09月 19日

栗おこわ

食欲の秋です!街にはキラキラ光るサンマが並んでいます。だんだん安くなってきたので、我が家の食卓にも上がるようになってきました!市場に行ったときに強く惹かれたもの、それは栗。大粒でプクプクしています。ワンパック500円!ハチドリかーちゃん、結構遠方からこれを担いできました。 本当に綺麗な栗!でもどうやって剥こうかな?
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こんな時はネットで検索、栗の丸い方に包丁で1センチほど切れ目を入れて焼くと良いという方法を採用したものの、まあ結構力が必要で疲れちゃったわ~ん(>_<)何はともあれ午後8時頃に皮むき完了。子どもたちの「お腹空いた」目線が突き刺さるけれど…もうちょっと我慢ね。
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だしの効いた中に生の栗を投入、しばらく煮ます。純粋に栗を楽しみたいので、中身は栗だけ。
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洗って水に漬けておいたもち米を投入、もったりとするまで混ぜ、
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蒸かすこと25分で出来上がりました!
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これだけで立派な秋のご馳走の出来上がりです。「栗ごはん」を食べたいと言っていたお友達のTさん、あなたにも宅配できたら良いのに…。

by beijaflorspbr | 2009-09-19 06:55 | 料理レシピ | Trackback | Comments(4)