ハチドリのブラジル・サンパウロ(時々日本)日記

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2007年 09月 30日

神谷バー

浅草にある神谷バーは、古き良き時代の「食堂」を思わせる空間です。電気ブランが有名なのですが、一度も飲んだことはありません。この日も仕事を午後に控えていたので、お水で我慢!「バー」というからにはあの「Bar」を思い出しますが、中は大衆食堂風で親しみをおぼえます。私たちが選んだメニューはこれ(ハンバーグと海老フライ、ライス付き)とこのハンバーグ、蟹クリームコロッケ、パン付き。
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たくさん歩いた後で、お腹を空かしていたせいか大変美味しく感じました。落ちついた雰囲気、静かな時間、友との語らい…幸せな時が流れます。ただひとつ、タバコの煙がなければもっと良かったかな。広い店内、少しの気配りがなされても良いのでは?

by beijaflorspbr | 2007-09-30 08:54 | 日本の美味しいもの | Trackback | Comments(2)
2007年 09月 29日

浅草

東京観光と言えば、まずは浅草でしょうか。浅草寺のご本尊は聖観世音菩薩、大黒天も祭られています。私が悪友と共に行った日は、祭日と言うこともあり、外国人も含め多くの観光客で賑わっていました。東京はやはり人が多いところです、これは実感!あまりにも有名な浅草のシンボルでもあるこの巨大提灯。全長4メートルもあるそうです。
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いつのまにか仲見世には屋根が取り付けられたのですね。しばらく仲見世観光をして頂きましょうか。右左とびっしり店は続き、どの店にも多くの客の姿があります。仲見世の脇道「伝法院通り」もなかなか楽しい街並みが続きます。さて、元の道に戻って…もうひとつ提灯をくぐり、いよいよ浅草寺ご本堂へ…ここまで進むと、お線香の良い香りが漂ってきます。無病息災を願いつつ、お線香の煙を体に…頭に…(少しは頭が良くなるかしら?)ご本堂、さすがに身が引き締まります。ご本堂の中で拝んでいる方も多くおられました。
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多くの人々を惹きつけてやまない浅草の魅力は何なのでしょう?それは人々の笑顔からヒントを得ることができます。入口から本堂までの仲見世が見て楽しく、食べて美味しく、おまけに神様を拝んでご利益を頂くことができるのですから、こんなに有難いことはありませんよね。古き良き日本の良さを思い出させてくれた浅草界隈でした。楽しい一日でした。

by beijaflorspbr | 2007-09-29 15:35 | 日本 | Trackback
2007年 09月 28日

サンパウロ生まれのアイルトン・セナ

(Yahoo掲示板、自らの書き込みより抜粋)F1の貴公子。サンパウロ生まれの AYRTON SENNA DA SILVA…彼は首位を守ったまま、あの世に旅立ってしまいました。忘れもしない1994年5月1日。いつもの様に、朝からF1の中継を楽しみにテレビの前の特等席を陣取って観戦していました。場所は、イタリア・イモラサーキット場。前日の事故で、一人のレーサーが亡くなったうえ、後輩であるブラジル人レーサーのRUBENS BARRICHELOが、大事故を起こし、瀕死の重傷を負ったばかりで、セナも平静では居られなかったようです。当然の如く、ポールポジションにいながら、誰とも口を利かず、じっと自分の世界に浸っているようでした。それは、鳴り物入りでウイリアムに迎え入れられたものの、まだ一勝も挙げていなかったからでしょうか。

そして本番。事故車が出て、徐行した後、何周かしてあろうことかSENNAの車が壁に激突!「信じられない」「あってはならない事故」が一瞬のうちに起こってしまいました。茫然自失の観客。我が家の主人も私も子供たちも、皆ずっと無言でした。「凍りつく」というのはそんな時のための言葉でしょうか。それから救護班が、セナの救出に当たりましたが、激突した時には既に即死だったとか…。一度首がガクッと垂れた時に、逝ってしまったのでしょう。セナの訃報を受けて、ブラジルのテレビ局はセナの追悼番組に切り替わりました。何処のテレビ局も黒いリボンが斜めに入っていました。私も、夕飯の支度をしながら、エプロンがびっしょり濡れるくらい泣きました。時間を遡れたらどんなに良いか!人の死がこんなに悲しく辛かった事はありませんでした。もちろん私だけではなく、ブラジル中の人がセナの死を悼み、さすがにいつも陽気な人達も賑やかなサンパウロの街も、まるでお通夜のような静けさでした。

5月4日(水)に、セナの遺体が、特別機でパリから故郷のサンパウロに帰ってきました。空港から葬式会場になっているイビラプエラの州会議場ホールまでの道のりは、早朝からセナの帰りを「待つ」人達の群集で溢れかえっていました。横断幕には「セナ・お帰りなさい。同じサンパウロ市民として我々はあなたを心から誇りに思います。」「セナ・あなたは私達の命」「安らかに」などと書かれていました。もちろん、全テレビ局は、完全実況中継です。騎馬隊に守られ、消防車に乗せられたセナの棺が通りかかると、人々のすすり泣きが漏れます。 イビラプエラ公園にある、州会議場のセナの棺の上には、あのトレードマークの黄色と緑のヘルメットが、ポツンと置かれていました。一般市民の弔問は、一晩中途切れることなく続いていました。

翌朝、MORUMBI墓地までの道のりにも、道路を塞ぐ多くの群集が集まっていました。たまたま、私も仕事を終え、帰宅しようと思った道が通行止めになっていた為、偶然にもセナの葬送の行列を見送ることが出来たのです。回りの人皆が泣いていました。まるで自分の大切な家族を失ったかのように…。ネクタイを締めたビジネスマンも、お掃除のおばちゃんも、裸足のストリート・チルドレンも、おじいちゃん達もみんなみんな目が真っ赤でした。「Meu deus do seu!」(なんてこった!)と誰もが嘆いていました。花を買うお金のない人は、道端の花をちぎって懸命に棺に向って投げていました。 

皆に惜しまれながら逝ってしまった20世紀最高のF1レーサー・アイルトン・セナは、今もブラジル国民の中に、そしてパウリスタ(サンパウロ市民)の永遠のアイドルとして、今も生き続けているのです。もちろん私の心の中にも…。

by beijaflorspbr | 2007-09-28 13:20 | 思い出
2007年 09月 28日

京つけもの「近為」のお茶漬け席

かれこれ何年前になるのでしょうか?インターネットの掲示板でお知り合いになった老若男女の方々と京都でお会いする、いわゆる「オフ会」に参加した時に、京都の達人に案内して頂いたのが、このお漬物の「近為」でした。その時のお漬物の美味しさが忘れられず、たまたまお友達所有のマンションから至近距離にあったので、しばしば買いに行くようになりました。オフ会といえば思い出すのが、「サンパウロ」「ロンドン」「東京」「大阪」「京都」「名古屋」と日本全国だけではなく、世界のどこかでオフ会に参列して色々な方々とお知り合いになれたことが今の私の財産になっています。もちろん財産と言ってもお金ではなく「心の」財産ですが…。さて近為のお茶漬け(ぶぶづけ)席は、11時からで2100円と、お茶漬けにしては少々贅沢なお値段と思いきや、経験した者にしかわかりませんが、このお値段では味わえない何とも言えない心のゆとりや、原点に帰ることのできる素晴らしい機会を与えて頂ける絶好の場だと思い納得しました。完全予約制で、私たちは午後2時半からしか席が取れませんでした。そのおかげで、「日だまり」の熱々トマトスープを飲むことができたのは幸いでした。
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にわか雨が止むと同時にマンションをでた我々は、静謐な雰囲気の近為の奥座敷に誘われるままに座りました。古き良き民家(町屋風)の座敷に座ると、不思議に心が落ち着きます。落ち着いた調度の部屋には、5つしかテーブルがありませんので、一度に食事が摂れる人数は決まってきます。店員さんの応対は実に丁寧かつ心がこもっています。熱い京番茶とともに頂く姫寿司と筍の漬物の美味しいこと!店の看板の「柚子こぼし」ときゅうり。白みそ仕立てのお椀。この甘み、そして丸もちの美味しさ…。千切り大根はいくらでもご飯が進んでしまい、困ります。。。でもやはり、今日の主役はピカピカ炊き立てのごはん
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そしてこのお漬け物たちでしょう!
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いかがでしょう、見ているだけでお腹が空きますね。日本人の原点のお茶漬けをこれほど昇華させたものがあるでしょうか。
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美しく手入れされた庭を眺めながら、たまにはこんな贅沢も良いものです。お茶も、最初は京番茶、ほうじ茶、そしてお茶漬けの時は玄米茶と至れり尽くせりのおもてなしをして頂きました。素材を生かした薄味が気に入り、大切な方への贈り物にしました。まるで店の回し者のようですが、大手の漬物屋にはない、静けさと確かな味がこの店にはあるような気がしてなりませんでした。京都には、こうした伝統が息づいて今に至っている老舗がたくさんあるのでしょうねえ。これからの京都散策が楽しみです。

by beijaflorspbr | 2007-09-28 11:13 | 日本の美味しいもの | Trackback
2007年 09月 27日

「日だまり」の静かな時間

その日は午後2時半から、漬物屋さん「近為」のお茶漬け席を予約していたので、朝食代わりに近くの店「日だまり」に温かいトマトスープを頂きに行きました。落ち着いた庭、冷房の効いていない部屋には扇風機と蚊取り線香・・いつまでもゆっくりしていたくなるような空間にまったり身を預けます。野菜と色々な種類の豆を煮込んだ熱々のスープ(パンかライス付きで600円)が静かにお腹に収まると身も心もほっこりし、力が湧いてきます。
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ああ、幸せ!日だまりは懐かしい昔の自分にタイムスリップしたような不思議な空間でした。

by beijaflorspbr | 2007-09-27 09:26 | 日本の美味しいもの | Trackback
2007年 09月 26日

またまた京都へ

ちっとも涼しくならない今日この頃…。お友達にいざなわれるままに、上洛してきました。今回はシンプルに、そして楽しく京での時間を過ごすことに決め、気持の向くままに自然に行動し、楽しませてもらいました。午後5時に京都駅に集合。もう一人の友人の友人!?を待ち、合流後キッチンパパ」へ…。JAZZが静かに流れるお米屋さんの奥にあるシンプルな洋食屋さん…。私が頂いた「今夜の晩ごはん」オムレツとステーキのセット、1200円でした。
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入口には、優しそうなお母さんが座り、会計係としてご活躍です。シンプル、ほっこり、そしてまったりと京都の夜を楽しませていただきました。お友達に感謝!(*^_^*)つづく・・・

by beijaflorspbr | 2007-09-26 12:31 | 日本の美味しいもの | Trackback
2007年 09月 23日

母の命日

2006年9月23日午前1時15分、私の最愛の母は静かに息を引き取りました。家族を愛し、守り、慈しみつつ、少しの憂いをこの世に残しつつ旅立ちました。前にも書いたかもしれませんが、母はこの10年、足を悪くし、ほとんど歩行困難といっても良いほど、棒に縋りつつ伝い歩きをして何とか日常生活を送っていました。度々私や兄が帰国して、母の生活をサポートしていましたが、それ以外の時は、ヘルパーさんの手助けで、何とか暮らしていました。去年の3月末、そろそろブラジルに帰る支度をしようとソワソワしている私に母がこう切りだしました。
「ねえ、ブラジルに一緒に行っちゃいけないかなあ?」
「ううん~、今回はお母さんが引っ越したばかりだし、家族の問題を解決しなくてはいけないから少し我慢してくれる?でも9月には必ず一緒に行けるように手配するから」
「そうだね、分った。お母さんもそう思っていたの。次までお金貯めておくね。9月が楽しみだわ」

そんな会話があったのも忘れるほど、少し慌ただしい日々をサンパウロで送っていた私のところに届いた一本の電話。「お母さんが脳梗塞で入院したんだ」兄からの言葉に一瞬冗談かと思いました。倒れる3日前の7月7日は母の誕生日で、皆に元気な声を聞かせてくれたからです。入院したのは10日、私が緊急帰国したのが15日、翌日から厳しい看病の日々が始まりました。刻々と悪くなる病状に、茫然自失状態でした。苦しむ母に何もできないまま、どんどん病気は進行していきました。胃がん末期だった母は、最後には癌性腹膜炎を併発し、高熱を出したまま息を引き取りました。当時兄は離れていたにも関わらず、インターネットのおかげで、スカイプを通して、臨終に立ち会うことができました。息を引き取る前のこと、もう今夜が峠かな、と言われていたために、とにかく現状を報告しようと電話をし、直接兄から母に話しかけてもらいました。「お母さん、がんばってね」「お母さん、〇〇(兄の名)ですよ」とずっと大きな声で声をかけ続けていた兄が何を思ったのか、突然「お母さん、お母さんありがとう!ありがとう!!」

この声を聞いた直後、すーーっとそのまま眠るように息を引き取りました。兄の感謝の声を聞きながら、私の手を握って母は父の待つ天国に旅立ちました。見事な母らしい最期でした。あまりにも悲し過ぎて、この一年は精神のバランスを大いに欠いていたような日々でした。何をしても悲しく、虚しく、ただただ母に会いたくて、母の声が聞きたくてたまらなかった。一年経った今も、母の死に納得しているわけではありません。が、現実は素直に受け止めなくてはなりません。両親を見送った今、はっきり言えることは両親に対する感謝の気持が芽生えたことでしょうか。両親がいたから私が生まれてきたし、私の子供たちも生まれてきた。愛情深く私たちを育ててくださった両親に、改めて感謝をし、これから私も両親のような素晴らしい人間になれるように、頑張りたいと思いました。今頃天国で、二人仲良く私たちのすることを見て苦笑しているかもしれません。「お前はがさつだなあ~」と良く父に言われていましたからね。少しはカッコいい女になって、両親を見返してやりましょうか。母の居なかった1年を何とか過ごし、明日から2年目に突入です。気合いを入れて頑張ります!ああ、でもさみしい・・・・・・・。(最後に本音がでました)何歳になっても親は永遠の存在ですね。

by beijaflorspbr | 2007-09-23 23:41 | 両親を想う | Trackback | Comments(3)
2007年 09月 22日

Beija Flor(ハチ鳥)

プロフィールの写真を、私のシンボルであり、守り神とも思っているBeijaFlor(ベイジャ・フロール)=ハチドリに替えました。実は、これはお友達が撮ってくれたものです。彼女の撮影技術は私よりずっと上なので、お願いしました。高校時代の同級生で、プロのカメラマンをしている友人と飲み会をした際に、カメラの撮影法について色々指導をしてもらいました。宝石(特に、光る石など)を撮影する時は、徹底的に周りの光を遮断した方が綺麗に撮れるということでしたので、必死でそこら辺にある本で衝立を作り、真っ暗にしてみました。なかなか素敵に撮れました!
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ハチドリは、ブラジルでは良く見かけます。私の家の庭にも蜜を吸いに現れます。立ったまま羽をパタパタ動かしながら蜜を吸うのです。色がとっても美しく、地色は青緑なのに、金色にキラキラ光り、色々な色に見えます。そのハチドリを最初に見た瞬間から私はこの可愛い鳥に一目惚れしてしまいました。 一目ぼれをした私がこのハチ鳥のブローチを作ってもらったのは、1997年、ちょうど今から10年前のことでした。当時中2から中3に上がる息子が、ブラジルを離れて外国の寄宿舎に入ることになったのです。私にはどうしても「彼」の身代りになるものが欲しくてこのブローチをデザイナーに注文しました。小さなしずく型(ペアシェイプ)のダイヤは、私の涙です。。。。。数少ない中の貴重なマイジュエリー、今も大切に使っています!

by beijaflorspbr | 2007-09-22 11:02 | Jewelly | Trackback | Comments(4)
2007年 09月 19日

世界のJAZZレーベル 澤野工房へ

全く知らない世界を垣間見るのもなかなか良いものだ。今まで音楽と言えば、クラッシック一辺倒だった私を開眼させるものに出逢った。お友達に誘われて「これぞ大阪!」と言われる、大阪の心臓部(と私が勝手に思っている場所)に勇気をもって近づいていった。場所は新今宮駅前の、通天閣界隈。この近辺は独特の雰囲気を持っている、コテコテの大阪ならではの場所だ。何よりの証拠が、これとこれ!天王寺公園界隈は、大阪出身の父から「ひとりで近づいてはいけない」と戒められていた場所だ。父亡きあと、今は何故そう言われたのかは不明だ。通天閣界隈は今日も人で溢れかえっている。あちこちに「幸福の神様」ビリケンさんの人形が置かれていて、皆撫でまわしている。楽しいじゃんじゃん横丁、皆生ビール片手に串焼きを美味しそうにほおばっている。いいなぁ~歩いているだけで、心がウキウキする。
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通天閣の下をくぐり、本通りに入ると、軽妙なジャズの音色が流れている…。「世界の澤野工房」は、何と履物屋さんの奥にあった。店というより事務所のような所だ。履物屋さんは昔からのご家業だそうだ。それで納得がいく。
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工房というからには、私の職人の工房と変わらない雰囲気があり、余計に親しみをおぼえた。素敵なJAZZを聴きながら訥々と丁寧に語ってくださる澤野 由明さん。いくつか、ポルトガルの曲名があったので、懐かしく眺めていたら、「読み方」を教えてくださいと言われ、老眼鏡をかけて読んでみた。ああ、懐かしいポルトガル語だ!わ~い!" Voce abusou ." (カタカナ表記だと ヴォセ アブゾウ)「あんた、調子に乗り過ぎたのね~」ってな感じ。「調子に乗り過ぎ!いい加減にせーよ」と言った方が解りやすいか!?言葉って面白い。澤野さんも、日本語のカタカナ表記でいつも行き違いがあるとこぼしておられた。先日、私たちの会で請け負った、ある本の執筆の際も、この点で大いにもめた。Suco de laranja は、スッコ・デ・ラランジャかスッコ・ジ・ラランジャか!?「デ」はサンパウロ以外の人の発音、「ジ」はパウリスタ(サンパウロに住む人のこと)の言い回し。東北弁と大阪弁くらいの大きな隔たりがあるのだ。言葉は難しい。そして世界に向けて発信しておられる澤野さんはもっと大変なのだろう。笑顔の澤野さんの向こうには、未知の世界、珠玉の音の世界が隠されているだろう…。まさに「聴いて心地よかったらええやんか(澤野さん言)」を超越した視聴者の期待がたくさんこめられているこの工房はJAZZファンにとっては大変貴重な場だ。
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昨晩は澤野さんのHPで静かに視聴をしているうちに夜が更けていった…。いつか本当に聴きたいCDを買いに行こう!それがJAZZの世界への第一歩になるのだから…。かれこれ1時間以上、その工房に居たのではなかっただろうか。

by beijaflorspbr | 2007-09-19 10:24 | 音楽・映画の世界 | Trackback
2007年 09月 16日

サンパウロ"a bela Sintra" の世界へ

夫の友人が経営する、サンパウロの中心街Jardinsにこの店があります。ポルトガル料理店の中では、Antiquariusと並ぶ有名店で、社長のCarlos氏が、Antiquariusから独立して開いた店なのです。名前は、"a bela Sintra".我が家では毎年5月6月が家族の誕生月で、この時ばかりは親戚も誘って、この友人の経営するレストランを訪れるのが恒例になっています。Rua Bela Cintraという通りにありますが、社長カルロスビテンコート氏の故郷であるポルトガルのBela Sintra から名付けたそうです。
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店内に入ると、こんなに落ち着いた空間が広がります。
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まだ早い時間だったので、店内を一巡させてもらいました。ブラジルのレストランは、どこの店でも、客がキッチンに入っても良いという法律があり、どのレストランでもお願いすれば入らせてくれます。まぁ、引っ込み思案な私は、結構勇気がいるのですが、この店はお友達ということもあり気楽に入ることができました。ワインカーヴには感動しました!高そうなワインやシャンパンたちが、厳しく温度管理されてしまわれています。社長のカルロス氏も、時々はポルトガルに買い付けに行かれるそうです。
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満面の笑み、店の素敵なスタッフの方々…(従業員はこの数倍おり、全て男性)客の一挙手一投足をきちんと見ていて、最高のサービスをして下さる精鋭部隊です。
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ブラジルのレストランでは、必ず付いてくるCouvert(コウヴェール)と言われるおつまみです。このレストランはこれだけでひとり1000円くらい取られます。まずはイタリアのシャンパンプロセッコで乾杯!バーから食事を摂る席に移り、赤ワインで乾杯!真中にいるのは主役の娘、 彼女も良いお年頃ですが…!?
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食事の前に注文していた、スープ"Caldo Verde"がきました!(大好物)
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いよいよメイン料理の登場です。料理が冷めないように、工夫されています。食事をしている人数全員の料理が並ぶまで待ち、一斉に蓋が開けられる様はまるで華麗なショーを観ているような感じがします。多くの人々を惹きつけてやまないこの店の魅力はこんなところにあるのでしょうね。ポルトガル産鱈の料理、ソースが絶品です。添えられたブロッコリーご飯も美味です。さりげなく芽ネギが飾ってあっておしゃれ~♪
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ほとんど全員が注文したものを完食し、お楽しみデザートです。こんなに種類が豊富なので、迷ってしまいます。ポルトガル伝統のお菓子が多い。そして皆でしっかり頂きました!
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止せばいいのに、私の頼んだのはこれ。Ovos Nevados(メレンゲの上に砂糖菓子)カロリーが思いきり高そうなデザートでした(苦笑)。
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前菜でかなりお腹がいっぱいになり、メーザ(テーブル)に移っても、さらにつまみが出、温かいパンが出され、メインに行きつく頃にはかなりお腹パンパン状態なのに、何故デザートが入るのか?つまり別腹だからでしょうなぁ~。さらに、デザートが下げられてからコーヒーと共に、こんなお菓子が追加されます!これが苦いコーヒーに似合うのですよ。と言ってはついつい食べてしまう私たち…。
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私たちが到着した正午はガラガラだった店内も、2時間半経つとこんな状態です。次々にくる客を、入口で1時間から2時間はお待ちいただきますよ、と断っているメトレを目撃し、今更ながらこの店の繁盛ぶりに感心しました。私たちのお友達、社長のCarlos Bettencourtさん。ポルトガルから兄弟でブラジルに移住し、ガルソンから叩き上げて今の地位を築きました。今年、サンパウロ市内の一等地にもう1店舗開けました。ご成功をお祈りしつつ…。
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ご馳走さまでした!私たち家族の財産はやはりお友達です。次はいつ行けるかな?なかなかでしょうけど…。

by beijaflorspbr | 2007-09-16 09:38 | サンパウロのレストラン | Trackback