ハチドリのブラジル・サンパウロ(時々日本)日記

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2007年 07月 24日

Congonhas空港

私たち家族は、1989年から今の家に住んでいる。友人知人に家の場所を聞かれた時には、「Congonhas空港のチョイ先右に折れたところ」と説明している。それほど我が家とCongonhas空港は近かった・・・。

◎検察庁聖市支部は18日、ブラジル航空史上未曾有という惨事の犠牲者が地上の6人を合わせ192人以上に上ると発表
◎空港閉鎖は、乗客と空港職員、付近住民の安全対策であると説明
◎崩壊類焼したTAM物流センター内の犠牲者数は、確認されていない
◎排水加工が終わっていない滑走路の使用許可で、航空会社が圧力をかけた疑惑がある
◎空軍はビデオ・テープの記録に基づき、滑走路の末端400メートル前方での速度に注目
◎濡れた路面が原因ではないと、空軍はみている。同じ滑走路で雨天の中、100便以上が着陸をしている。
◎パイロットは空軍のベテラン操縦士であり、天候が原因で事故を起こすようなことはないという。
◎機は最終地点で左向きになったことで、右ブレーキまたは右軸足の故障と見る。
◎ブラック・ボックスは23日に米国へ送り、エンジン・トラブルか人為ミスかが判明する
◎濡れた路面で機の停止を不可能と見たパイロットが離陸を試みたが、失敗したとみる説もある
◎市街地の中にある空港はパイロットから敬遠されていたが、商業上の立地条件がよく、利用客が集中した。同空港は航空ビジネスで最上のヒレ肉だ。しかし、最も離着陸が多いコンゴーニャス空港を閉鎖するには、クンビッカ空港またはヴィラ・コッポス空港に新滑走路を増設するため、40億レアルが必要になる。
◎聖市へやってくる人の85%は、観光とビジネス目的である。またその70%は、コンゴーニャス空港を利用する。聖市でビジネスのイベントは、年間9万回ある。そして82億レアルの取引が行われる。惨事の犠牲者には気の毒だが、事故を理由に同空港の閉鎖は筋が通らないとビジネス関係者はいう。
◎コンゴーニャス空港が、国際航空機関(IFATCA)から危険な空港のレッテルを貼られた。同機関は、ブラジル政府が人命を弄んでいると批判。政府は全てを知っていたのに、何ら対策を施さなかったという。
◎航空管理や安全管理の不在、システムの研究不足、体質的欠陥などを原因として指摘
◎犠牲者のほとんどは、焼死ではなく有毒ガスの吸引死と鑑定された。火傷を負ったときは、意識がなかったという
(サンパウロ・ニッケイ新聞より部分抜粋…日経新聞ではありません)


ごく平凡な日々の営みの中に、この空港の存在は欠かせないものだった。朝起きると、空を見上げCongonhas空港のある東から南のInterlagosサーキット場そして、義父母の眠るコンゴーニャス墓地へ目をやり、静かに手を合わせていた。飛行機好きの私は、時折見える飛行機を見上げるのを日々の楽しみとしていた。今回の私が乗ったJAL047便出発の際、ラウンジでこんなことを言っている人たちがいたので、印象的だった言葉がある。ふたりのブラジル人のおばちゃんたちが、米国の入国カードに記入しながら「2007年7月17日なんて、素敵な日ね、だって7がたくさん並んでいるじゃない!」そう言って、はしゃいでいた。出発したのは2007年7月16日だが、ほどなく赤道を越え夜が明けるので、NY・JFK空港に到着するのは、17日午前8時過ぎの予定だったのだ。それを聞いて私も、ああそうか…覚えやすい日にちだなとなんとなく思った。

後から聞くとぞ~っとするようなことはあるものだ。TAMの事故機が突っ込んだAv.Washington Luisは、それこそ私たち、サンパウロ市南部に住む住民が、ほぼ毎日当たり前のように行き来する大事な幹線道路だった。比較的信号が少ないことと、制限時速が80Km、そして3~5車線と走りやすいからだ。ただ、Congonhas空港の真横を通過する時は、少しだけぞっとすることがある。飛行機が道路の真上をかすめるようにして轟音とともに着陸するのだ。私は怖がりなので、飛行機が降りてくると、ついつい頭を引っ込めてしまう。午後6時46分過ぎに事故は起こった。前日からの大雨(既に前項で書いたとおり)で、水はけが悪かったとはいえ、運が悪かった。ブラジルの南部に位置するサンタカタリーナ州からサンパウロへは南から北に飛ぶ場合は、決して西方向に舵を取ってはいけないのだ。西には、私たちが日常的に通っているAvenida(大通り)や、住宅街があるので、多くの人々に重大な問題を齎すのだ。右ブレーキが壊れたかもしれないというのはあまりにも運が悪すぎた。TAM航空は、急成長した会社だ。Comandante Rolim(故人)というワンマン社長が強引な商法で急激に航空業界にのし上がってきた。VARIGの経営破たんの後をこのTAMが引き継ぎ今は世界中に飛行機を飛ばしている。1996年にも、Congonhas空港を飛び立ちRioに向かったFocker100という飛行機が離陸直後に墜落事故を起こし、99名が犠牲になった。その当時も、ビルに激突し、機体は炎上した。すぐ近くに、公立の学校があり、助かったというニュースは昨日のことのようだ。モクモクと上がる煙は、丸一日燃え続け、我が家からも良く見えたのだった。その当時、日本からたまたま父が来ており、父は、飛行機の墜落する轟音を聞いたそうだ。それほどCongonhas空港は近いのだ。7月17日事故当日、娘が仕事を終えたのが5時半、Paulista方面から南部の自宅までは、ラッシュ時でも40~50分もあれば着けるのに、その日は不思議なほど混んでおり、なかなか車が進まなかったそうだ。家に帰る道は何通りもあり、彼女の好きな23 de Maio~Av.Washington Luisは、断念せざるを得なかったのが幸いした。彼女は1時間以上かかってやっと自宅に辿り着き、シャワーを浴びていた。事故の第一報を仕事場で聞いた夫が、自宅や彼女の携帯に電話をし続けるが、なかなか繋がらなかったそうだ。20分くらいして、「な~に?」とのんびりした声で、応対があった時は、全身の力が一気に抜けたそうだ。もしかして、車の流れが順調だったら、そして、別の場所に寄り道をするようなことがあれば、場合によってはその道を通った可能性もあったからだ。それは彼女が大好きな「近道」だったから。事故現場から我が家までは車で10分もかからない。私ももしその場にいたら、どれほど動揺しただろう。空から飛行機が降ってくることなど想像もできないからだ。

サンパウロ市内は、未だに混乱の中にあるということだ。Congonhas空港は、今日も大雨で閉鎖されていたそうだ。何よりパイロットたちが、Congonhasには降りたくないと、他の空港を選択するようで、相変わらず大混乱のサンパウロだ。南米随一の経済都市の機能が止まることなく、発展し続けることを祈るとともに、二度とこのような悲惨な事故が起こらないことを祈るのみだ。犠牲になられた方々のご冥福をお祈りいたします。

by beijaflorspbr | 2007-07-24 11:48 | ニュース | Trackback | Comments(4)
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Commented by ひさ@山口 at 2007-07-24 22:26 x
私たちは日本に住んでほとんどその後の事故のニュースは耳にすることはありません
近くで生活している人にとってはすごい衝撃的な出来事だったと思いますが
ブラジルに帰られるときはほとんど落ち着いていて一見何ごともなかったような風景になっていることでしょうね
忘れることは出来ないと思いますが時間は心を癒してくれることと思います
穏やかに日本での生活を楽しんでください。
Commented by beijaflorspbr at 2007-07-24 23:54
ひささん、ブラジル国内の飛行場は、昨年のGOL墜落事故から、混乱しており、深刻な社会問題を引き起こしています。今度の事故は、起こるべくして起こった事故であり、これからも惨劇は続くかもしれません。恐ろしいことですが、これが発展途上国の悲劇でもあるのです。悲しいですね…。
日本での生活は平凡ですが、楽しくやっていますよ!
Commented by kiyosuzume at 2007-07-25 10:21 x
本当に悲惨な飛行機事故で、被害者のご家族や関係者の方々のことを思うと、胸が痛みます。
こちらでは毎日、この事故のことをニュースで流れおり、政府の対応など見てると、「怒り」というより、呆れることばかりです。
大統領の秘書も「俺達のせいじゃない!」というようなジェスチャーで、笑っていた姿がニュースで流れ、何とも居た堪れない気持ちになりました。
それでも相変わらず、飛行機が遅れたり、突然キャンセルになるなどしてるので、これからもどんどん混乱していくのでは!?という状況です。何か、変わってくれればいいのですが…。
beijaflorspbrさんは、日本での滞在期間を、有意義に楽しんで来てくださいね♪
Commented by beijaflorspbr at 2007-07-25 11:03
すずめちゃん、こんにちは!大体、ブラジルの政治家は私腹を肥やすことに熱心で、他のことを真剣に考えないから国が良くならないのだと思います。通貨REAL高だけが独り歩きした結果がこの有様です。まず国の基盤をしっかりと造り上げないと、先進国の仲間入りはできません。お互い気長に見守ることにしましょうね。
しかし…蒸し暑いっす。。。(-"-)
今日はさらに蒸し暑い京都に行くのですよーっ(-"-)(-"-)( ^)o(^ )
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