ハチドリのブラジル・サンパウロ(時々日本)日記

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2016年 05月 17日

2016年春日本日記@43年ぶりの学び舎へ

この日、私は青春時代のある時期を過ごした出身校へ何と43年ぶりに用事があって足を運びました。昔と変わらない広大な緑多き学び舎。すっかり新緑になってしまった桜並木を歩いてまいりましょう。学生時代には、良く遅刻しそうになって頻繁にここを走り抜けた(辛い)想い出もありますが、今は受け付けを通り、カードを首からぶら下げないといけません(笑)
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私が学んでいた頃は、この辺りはキノコのような可愛らしい幼稚部があり、ここで教育実習を受けたこともありましたっけ。
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この学園から、何とリオオリンピックのマラソンに出場が決まった田中さん。応援幕が誇らしげに掲げられていました。実はこの件についての打ち合わせをするためにこの日母校へ足を運んだ訳です。
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私が歩いていた10代の頃からタイムスリップした今、この緩やかな坂は結構ハードルが高いです。ややヒーヒー言いながら坂を上りました。
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今はこのように美しい遊歩道が出来ていますが、当時はただの道路だったような記憶があります。
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あちこち点在する校舎が見えてきました。
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こちらは健康院、在学中は幸い一度もお世話になったことはありませんでした。健康だけが取り柄でしたもんね。
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創立者小原国芳先生が創られた松下村塾・咸宜園を見事に修復した建物があります。
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大学有志の手によって、2012年7月に咸宜園と共に現代の建築法の基準を満たす形で修復工事を終えました。
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この校舎こそが43年前に私自身が学んでいた校舎です。現在この短期大学は総合大学に統合されましたが、あの頃の社会情勢や環境や常識では女子は短期大学に行くのが精一杯と言う時代でした。特に我が家の場合は、兄が私の2年前にW大学に入ったため、我が家の家計はまさに火の車でした。親のことを考え、自身の将来のことも熟考した結果、入れて頂いたのがこの学園でした。
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この学校は、キリスト教の教えに基づいた教育を施してくださるので、礼拝の授業は必須でした。礼拝を休むと、進級が難しいと言ったこともあり、礼拝の時間は万難を排して参列したものでした。私自身がクリスチャンと言う訳ではないものの、当時の学長である小原国芳先生の説話が毎回とても楽しくて勉強になるので、いつも楽しみにしていました。必ず歌う讃美歌も大好きでした。この日は遠くから眺めるだけでしたが、いつかは想い出多き礼拝堂の中にも入ってみたいです。
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あちこちキョロキョロしてしまいましたが、私の目的地はこの「学友会館」でした。ここで事務局長さんと、いつも窓口になってくださっているTさん、元理事のHさんとブラジルのことについての情報交換をすることが目的でした。約1時間ほど、現地の事情を説明し、情報交換をさせて頂きました。いつもメールでやり取りしているものの、どうしてもメールだけでは説明できない部分や、現地の事情をお話しすることが出来たのは大きな収穫でした。何より、長い間母校訪問が果たせないままだったのが、このような機会を頂き、有意義な時間でした。
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多感な青春時代、しかもかなりの苦学生だった私は、学校は学びの場であるとともに、休息の場でもありました。お友達と無邪気に話したり笑ったり学んだ日は、キラキラ輝いていたはずです。何より、ここでの学びがこの後の人生へ大きな影響を及ぼしたのは間違いないことです。
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学友会の方々との会議を終えて、3人でゆっくりと坂を下りて行きました。
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この校舎は、旧短大校舎ですよ。と説明を受けました。40年以上経っているのに修復を繰り返し立派な姿を保っていることに、ある意味感動しました。
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町全体が学園の敷地という恵まれた環境の大学で、2年だけではありましたが、伸び伸び専門分野である幼児教育について学ぶことが出来て幸せでした。
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大グランドが見えてきました。ここで運動会もあったなあ~などとうっすらとした記憶の中で思い起こしていました。
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玉川学園前駅から直ぐ近くにあるお蕎麦屋さんで、美味しい新蕎麦をご馳走になりました。サクサクとした天ぷらが香り高い新蕎麦と良く合って、なんとも言えない贅沢な時間を過ごさせて頂きました。今後ブラジル支部も、母校とのやり取りがスムーズになることでしょう。来て良かった、としみじみ思いました。
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ほんの2時間の母校訪問でしたが、青春時代を少しだけ取り戻したような有意義ま時間でした。苦学生と前に書きましたが、私がこの大学に通っていた頃は、何足もの草鞋を履いていたからです。1年目は、知人の家に下宿をして、バトントワーリングの道を究めるために、バトンスタジオに通い、時にはアルバイトもして生活費を稼ぎながら学生生活を送っていました。2年目からは成城のお料理の先生のお宅に内弟子扱いで入り、学生生活やバトン活動を続けながらも、家の中のお手伝いもするという、なんとも多忙な学生時代を送っていました。昼食はいつも50円の素うどんを食べ、お腹が空いてもひたすら耐えた時代でした。身も細るような忙しい日々の中で、人生に必要なことを懸命に学んだ時代でもありました。まさに人生の原点がここにはありました。色々なことがあっても、耐えられるだけの強靭な体力と、強い精神力を養えたことはその後の大きな財産となったのは言うまでもありません。おっと!今日は自分のことを話し過ぎてしまいました・・・。

by beijaflorspbr | 2016-05-17 20:00 | 日本国内旅行 | Trackback | Comments(2)
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Commented by ぴっち at 2016-05-18 06:15 x
ハチドリさんの母校T学園、娘のJ学園時代、バスケットの交流試合で
行ったことありますよ~広い敷地と周りの落ち着いた住宅地がいいですね。
なんと幼児教育が専門だったのですね。
私も幼児教育の団体や親子のあつまりなどの手伝いをしているので、
またぐっと親しみがわきました。
日本は子どもの数が減り続け、割合は世界最低のレベルになったと
ニュースで流れました。子どもたちの未来が明るいものであるようにと
ささやかな働きを続けます。
Commented by beijaflorspbr at 2016-05-18 11:08
★ぴっちさん、こんばんは
コメントをありがとうございます~♪
43年ぶりに訪問してみると、改めて広大な敷地に建つ贅沢な学園だったなあと実感しました。
駅から校舎までがあんなに離れているとは思ってもいませんでした。
それが若さというものなのですね。

幼児教育を勉強したのですが、専門外の仕事に就いてしまいました。
免許は一度も使っていないので、もったいない限りです。
それでも幼児教育には大いに関心がありますよ。
昨今の少子化、親の虐待など、心傷むニュースばかりですね。
何かが狂っているのかもしれませんねえ。
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