ハチドリのブラジル・サンパウロ(時々日本)日記

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2011年 09月 11日

震災から半年

あの未曾有の大震災から今日で半年が経つ。2011年3月11日、午後2時46分私が立っていた上野御徒町の地面は大揺れに揺れた。老舗Mデパートのがっちりした大理石の壁もグラグラ揺れていた。動揺を隠せない百貨店の店員たち。両手を大きく広げ、自分たちの商品を守ろうとしていた。食品売り場からは大量の人が我先にと地上に上がってきた。高齢者が杖を突いて必死で階段を登る姿が痛ましかった。店員もパニックになっていたのか、特に大声での誘導はなかった。外に出てみると車も人もその場で凍りついたように止まり、信号も点滅していた。何があったんだろう?何が起こったのか良く分からないままに、家族や友人に電話をしたけれど全く通じない。外出先なので、テレビで確認するということもままならず、何度もくる余震から身を守ろうと広場に移動しそこでしばらくじっとしていた。脇に居た中年のご夫婦が「どうしよう・・・ガスの元栓締めていないよ。〇〇(多分ペット)はどうしているんだろう?早く帰りたい、早く帰らなきゃ」などという会話が耳に入る。私の子どものいる大阪は大丈夫なのか?そのうちに街の広報から大声で「宮城沖を震源とする大地震・・・」というのが聞こえてくる。不安だった、そして寒かった。余震は何度も何度も東京を襲う。

あの日から半年も経つのだ。一向に復興計画は見えない中で、被災者の方々はどうされていらっしゃるのだろう?親戚のNちゃんのお兄様ご夫妻は、東松島でご自宅の二階から救助され危ういところで助かり、今は避難所生活をされている。陸前高田市で津波から九死に一生を得た同級生のHも再生にむかって頑張っている。彼女の場合は、多くの従業員の生活も守らなければいけないからそれは大変だったことだろう。8月末、津波で流され長い間行方不明だったHの弟さんの奥さんのご遺体がやっとあがったそうだ。それを訊いたHの言葉「弟より(妻が)先に見つかってよかった。先に弟が見つかって、(妻が)1人で海に残されたらかわいそうだったから。弟は地元だからもっと海で遊んでいたいんだと思う。」この言葉には泣いた。Hだって弟さんが早くあがってくれることを強く望んでいるはずなのに・・・。まだ見つからぬHの弟さんが一日も早く海から見つかり、彼を待つご家族と対面できるよう祈ろう。陸前高田は今回の震災で多くの犠牲者を出した悲しい地だ。H自身も震災後、自分が助かってからは避難所の炊き出しを手伝いながらも毎日弟さん夫婦を探し回ったそうだ。遺体確認する時に、多くの知人を見てショックをうけたそうだ。地獄のような苦しみを味わったH、是非会って思い切り褒めてあげたい。「良く助かってくれたね、良く頑張ったね」って。H、生きていてくれてありがとう。最後まで諦めない勇気を私たちに教えてくれてありがとう。再会が楽しみだよ。
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改めて犠牲者の方々のご冥福をお祈りいたします。


by beijaflorspbr | 2011-09-11 22:44 | ニュース | Trackback
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