ハチドリのブラジル・サンパウロ(時々日本)日記

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2011年 08月 09日

嬉しい友との再会

先週末は寒さに震える日々でした。サンパウロの人ってこんなにダウンを持っているんだ!と感心するくらいダウンジャケットを着ている人が街にはたくさんいましたが、昨日から打って変わってポカポカ陽気に。今度は半そでやノースリーブがパウリスタ大通りを闊歩していました。サンパウロの人は実に着上手。日本なら冬はどんなに暖房で暑くてもコートは脱ぎませんが、ここは皆実にフレキシブル。こんな調子だからサンパウロの、ブラジルの冬は信用できません。油断させておいてまたまたグッと寒くなったりするんじゃないかしらん?疑心暗鬼な日々です。この時期は常に上着を携行する必要がありそうです。そして暖房器具も決してしまってはなりません。
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さて、昨日は嬉しい再会を果たしました。昔の仕事仲間、Mちゃんは私の後輩に当たりますが、縁あってサンパウロで結婚をし一時期住んでいましたが、今はご家族と共に長い間ニューヨーク暮らしをしています。主婦でありながら働きつつ懸命な努力で学ぶことを諦めず続け、最後は経営管理学修士MBAを取得。今は某企業で働きながら世界中を仕事で飛び回るカッコいい女性です。

彼女と最後に会ったのは今から7年前の2004年7月、私がいつものJAL直行便で帰国する際、あろうことかニューヨークJFK空港で機体トラブルが発生。朝ニューヨークに着き、2時間半のトランジットでまた同じ飛行機で日本に向かうはずだったのが、トラブルが解決せず結局はニューヨーク泊りになったことがありました。その時に思い出したのが後輩のMちゃんのこと。急ぎJALのサクララウンジからブラジルに電話をし、Mちゃんの自宅の電話番号を調べてもらいました。やっと番号が分かったのはホテルに入る少し前。ホテルは空港近くの「ラマダ」というまさに寝るだけ・・・といった雰囲気のシンプルなホテル。2004年4月に手術を受けたばかりで本調子ではなかったこともあり、知らない地ニューヨークの夜をたった一人で過ごしたくないがために友人を頼ろうと焦った気持ちは今も忘れません。その時もフルタイムで仕事をしていたMちゃんは、何度目かの電話にやっと出てくれました。時間は午後7時くらいだったか。それからすぐにラマダホテルにご夫婦で迎えに来てくれました。久々のHくん、Mちゃんとの嬉しい再会でした。ホテルからブルックリンにある和食店へ。既に食事はホテルで済ませていたので、軽くお寿司を摘み、喋る喋る・・・。Mちゃんの当時中学生だった一人息子Aくんはあの9,11の時に崩落する2つめのビルを目の前に見ながら必死で逃げたそうです。一晩連絡が全く付かず、ものすごく不安な夜を過ごしたこと、再会した時の安堵感は言葉にもできないほどだったそうです。話を聞いているだけで泣けてきました。食事をしてからは車でニューヨーク市内見学。ほぼ全てを回ってもらいました。ブロードウェイの真昼間のような明るさ、逆に真っ暗なセントラルパーク。いつかゆっくり訪れてみたい地です。最後はSOHOでお二人の友人DJのショー!?を聴き、喧騒のNYを満喫。ホテルに戻ったのは午前3時過ぎでした。お二人に感謝しながらお別れしました。午前5時にはモーニングコールだったので、仮眠2時間でJFK空港へ向かったわけです。その時のJAL便は午前8時半に無事ニューヨークを飛び立ちました。今となっては本当に良き思い出です。

それから7年・・・。Mちゃんは全然変わっていません。むしろ若々しく溌剌としていました。仕事があるからそんなにステキでいられるのか、ちょっと眩しくまた羨ましい気持ちにもなりました。が、いざ話をし始めると昔のまんまのMちゃんがそこにはいました。ホッーあったかくて気弱で優しいMちゃん。昔の仲間の話もいっぱいしました。夜は出張仲間の方と打ち合わせ会と聞いたので、急ぎお握り&卵焼きを作って持たせました。はちどりかーちゃんの本領発揮。Mちゃんがニューヨークから一生懸命運んできてくれたお土産の数々。有難く頂きます!
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Mちゃんという一人の女性から学ぶことは多いです。私も頑張ろう!

by beijaflorspbr | 2011-08-09 07:50 | 友達 | Trackback
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